朝日新聞は彼に「それでいいのか」と言わせる。—福島原発事故、GEの欠陥、そして報道の欺瞞—
本稿は、高山正之の著作をもとに、福島第一原発事故をめぐる朝日新聞の報道姿勢を厳しく批判するものである。
朝日は、事故を起こした原子炉が米ゼネラル・エレクトリック(GE)製であった事実を長く曖昧にし、日本側の安全認識の甘さに責任を転嫁するような論調を続けてきたと指摘される。
実際には、応力腐食割れやタービン破断など、GE設計の深刻な欠陥に対し、東電や東芝をはじめとする日本側が改良を重ね、安全性を高めてきた経緯があったという。
にもかかわらず、朝日新聞はその核心を伏せたまま、原発輸出や東電批判へと議論を誘導し、読者を誤った印象へ導いていると論じる。
報道機関の使命は真実を伝えることであり、そこに一片の真実もない記事を載せる朝日の姿勢こそ問われるべきだと結論づけている。
2019-03-19
朝日新聞は彼に「それでいいのか」と言わせる。
以下は高山正之の著作からである。
福島原発事故で一番ワルいのは米国。
3・11から丸2年。
朝日新聞にちょっと驚きの記事が載った。
東電福島原発に駐在した元米ゼネラル・エレクトリック社(GE)の責任者へのインタビュー記事だ。
なんで驚きかというと、朝日はあの震災発生時から事故を起こした原子炉がGE社製ということをずっとぼやかしてきたからだ。
例えば発生間もないころの原子力担当編集委員、竹内敬二の「甘い想定」という記事。
「格納容器には弁は『日本では炉心溶融が起こらない』として装備されていなかった。
海外の動きにおされて導入した弁が今は命綱になった。
当初の事故想定がいかに甘かったかを示している」
これだけだと原子炉は日本製で、ガス放出弁すらつけてなかったと読める。
でも、炉は紛れもなくGE社製で、弁は東電が米国のスリーマイル事故を見て自主的に取り付けたものだ。
「想定が甘かった」のはGE社だったのに朝日はまるで東電の想定がなってなかったように仕立てて、以後の原発廃止デマの基にしてきた。
それを今ごろGE社製でしたとやる。
もうほとぼりも冷めたろう。
気づかぬうちに昔の嘘を手直ししておこうと思ったか。
そのインタビューの中身が凄い。
GEの責任者は沖縄生まれの日本人で基地反対闘争に青春を燃やし、その後、船員をやっていてGEに拾われ、熱中性子も臨界も知らずに沸騰水型原子炉(BWR)専門家になった。
こんなので大丈夫かとふと思うが、受け持った「福島の炉はGEの設計ミスも含め、いくつかの異常な事態も経験した」と明かす。
それは事実で、中でも応力腐食割れは酷かった。
高圧蒸気のパイプや炉心を包むシュラウドが次々割れて放射能漏れが起きた。
発電用タービンも破断し、燃料棒被覆管もだめ。
要するに完全な欠陥炉だった。
炉は運転不能になったが、GEは何もしなかった。
それで東電と東芝など日本のメーカーが協力して解決に当たった。
朝日がムラとか蔑称する仲間たちだ。
そして応力腐食は炭素量の多いステンレスと溶接工程が原因だったことを突き止めた。
割れるタービンも鋳型成形ではなく、日本の技術を生かした削り出し一体型に替えた。
この改良中に今回、最悪の事態を回避できたガス放出弁も取り付けられた。
見かけ以外すべて日本製になったGEモデルの原子炉は以後、3・11の大津波まで故障を知らなかった。
インタビューではこれには触れずに「原発は怖くないのか」と記者が誘導し、「東電がいかに安全に無関心か」を、GE駐在員としての苦悩をしみじみ語らせる。
「BWRは熟練していないと対応できない。
五感を研ぎ澄ませ、配管に触れ、振動や温度に異常ないか確かめることもあった」
彼が確かめた配管はとっくに安全な日本製に替わっていることは言わない。
米国人の嘘つきがすっかり身についた口ぶりだ。
彼が触れないもう一つのポイントが、なぜGEは応力腐食割れなど欠陥を無責任に放置したのかだ。
今、米サンオノフレ原発が、三菱納入の蒸気発生器が故障したおかげで廃炉にせざるを得なくなったと米国側はPL法で三菱を訴えている。
トヨタのレクサス訴訟と同じ、ほとんど言い掛かり訴訟だが、三菱に仮に不具合があったとしても、GEの欠陥原子炉の深刻さとは比べものにはならない。
それなのになぜ東電がGEに求償しなかったかというと、原子力賠償法4条に「東電など事業者以外は賠償の責任はない」とPL法適用を禁じているからだ。
当時の原子力事業は米国の輸銀や、それこそGEからの借入に頼っていた。
面倒見てやっているのにPL法など考えるなという米側の意向でこの一項が挿入されたといわれる。
GEが福島を船員上がりの責任者で済ませた理由もその辺にあるのだろう。
GEの手抜きのおかげでというか日本はそれで立派な原発を作れるようになった。
輸出も好調だ。
インタビューはその日本製原発がどんどん輸出されていく現状に触れ、朝日新聞は彼に「それでいいのか」と言わせる。
どこにも一片の真実もない記事。
それでいいのかとこっちが聞きたい。
(二〇一三年八月一日号)