村田夏帆とHimari。—天才の本質と、クラシック音楽界の歪みについて—
2020年の大晦日に、村田夏帆とHimariという二人の超弩級の天才の出現を知って以来の、自身の体験と考察を綴った文章である。
2024年3月の能登チャリティコンサートを契機に、長いブランクを経てクラシック演奏会に復帰した経緯、夏帆の演奏が自分と親友にもたらした変化、そしてHimariと夏帆を取り巻く環境と評価の著しい落差に対する義憤が語られている。
さらに、ショーソン《詩曲》における村田夏帆の空前絶後の名演、楽器変更への思い、Himariの演奏会チケット取得競争への嫌悪感、そしてN響公演を最前列で確認しようと決意するまでの内面が、具体的な体験とともに記されている。
2026-03-13
2020年の大晦日に、Youtubeで、日本に村田夏帆とひまりという超弩級の天才が二人も同時に出現していたことを知ったことは何度も言及している通りである。
2024年3月に浜離宮朝日ホールで開催された能登チャリティコンサートに夏帆が出演する事を知って、聴衆として参加した。
これが、私が長いブランクを経てクラシック演奏会に聴衆として参加する契機となった。
私と親友は、いつも「夏帆のおかげ」と言っている。
夏帆の演奏会でいつも一緒になり、とても親しくなった二人のご婦人と一人の男性がいる。
お二方とはlineを交換している。
そのご婦人から3/6に、ひまりが報道ステーションに登場する事、或いは、登場する事の案内が入っていた。
それは、私が、現在のひまりと夏帆の有り様に対して、大いなる義憤を感じている事を、以前に、彼女に話したからである。
Himariが、ロンドンフィル、スイスロマンド、ベルリンフィル、そしてシカゴ響と協演している時に、夏帆は、例えば、2025年に武蔵野市民文化会館で、1,200円で演奏会をしていた。
Himariがカーチスに留学して、世界的な指導者でもある老婦人の指導を受けている事は、彼女にとって、とても良い事だった事は言うまでもない。
とても良くなった。
それでも私が2020年の大晦日に二人を発見した時から感じていた評価は変わらない。
夏帆が上なのである。
だが、流石に、私も少し心配になった。
丁度、この頃、夏帆は、それまで使用していたアマティから、REI collectionから貸与されたGennaro Gagliano 1765に楽器を変更した。
2025年3月末と4/1に、彼女は、サントリー小ホールと横浜みなとみらい小ホールで、アマティでショーソンの「詩曲」を演奏した。
空前絶後の名演だった。
私は、クラシック音楽の演奏会に行く時には、演目を予習として聴いてから行くようにしている。
何しろ、我が家のリビングに置いているスピーカーは、パイオニアのエクスクルーシブEW302なのである。
私は、これを、オーディオ専用の鎖の様な太いスピーカーコードでヤマハのアンプにつなぎ、Youtubeからはダイレクトで聴いている。
コンサートホールで聴いていると同様の臨場感である事は、マニアの方はご存じの通りである。
夏帆が、私には初見だったショーソンを弾くとなった時には、少しばかり心配になった。
何故なら、この曲は内容自体が、とても複雑な曲だったからである。
それで、私は、いつにもまして、Youtubeに掲載されている、史上最高クラスの名手たちの同曲の演奏の殆ど全部を聴いた。
サントリー小ホールでは2列目の真ん中。
横浜では最前列の真ん中。
もはや説明不可能、不要の、空前絶後の演奏だった。
何しろ、私が予習として聴いてきた、ハイフェッツ、ヌブー、…etc、彼ら世界史に残る名手たちを超えていたのだから。
その後、8月に楽器を替えた。
アマティで、あれほど信じがたい演奏をしたのに大丈夫かな、そんな杞憂も抱いた。
とにかく、夏帆とHimariの態様の差は酷すぎる。
そこで、私は、こうなったら、Himariの音を確認するしかない、と思った。
とはいえ、彼女の演奏会は、瞬時に全て売り切れる。
私は、こんなもの、券の取得競争に参加するのは、本当にバカバカしいと感じていたから、一度だけ参加したが、呆れを通り越して怒りを覚えた。
販売開始時刻から1時間を過ぎても電話が繋がらない。
かけ続けて、やっとつながったと思ったら完売しました、である。
ミーハーが押し掛けるアイドルグループの切符争奪戦と何ら変わらない。
以来、Himariの演奏会に行くことは、はなから考えていなかった。
だが、今年、彼女がNHK響と協演する事を知った私は、この時に最前列の真ん中で聴こうと決意した。
価格は2.5万円。
おまけに、N響のシーズン会員にならないと希望席は取れそうにない。
それで、3回連続会員になって、販売開始日に希望席を買おうと決意した。
その間の経緯を、上記のご婦人に話した。
彼女には、その計画を放棄した、すなわち、それは不要無用になった事を伝えていなかった。
それで、上記の案内メールが届いていたのである。
3/6、私は21:20に就寝し、3/7、4:20に起床した。
7時台に新幹線だったから、彼女のメールには全く気付きもしなかった。
この稿続く。