「正しい戦争などない」という透徹した戦争観こそ、日本の歴史認識と国家戦略を救う。

2018年7月18日に発信した章「渡辺先生の研究が示すとおり、戦後70年余りを経てもなお、史料を丹念に洗うことによって新たに明らかになる事実がある」を再発信する。
本稿では、原爆投下の真の意図、チャーチルとトルーマンの判断、ルーズベルトと英米指導部の戦争観を踏まえつつ、「正しい戦争などない」という歴史認識の重要性を論じている。
また、第二次大戦後の世界秩序が戦勝国による戦利品の分配として形成された現実を直視し、日本が平和外交と透徹した国家戦略を築くためには、醒めた戦争観を持つことが不可欠であると訴えている。

2019-03-06
歴史認識において、あるいは現実の国際社会において日本が陥っている深刻な不適応を治癒するためにも、このような、「正しい戦争などない」という透徹した戦争観をもつこと

渡辺先生の研究が示すとおり、戦後70年余りを経てもなお、史料を丹念に洗うことによって新たに明らかになる事実がある、と題して2018-07-18に発信した章を再発信する。
以下は前章の続きである。

正しい戦争などない。

中西
渡辺先生の研究が示すとおり、戦後70年余りを経てもなお、史料を丹念に洗うことによって新たに明らかになる事実がある。
だからこそ歴史はいくつになっても、やめられないほど、面白い。
日本に関連していえば、先の日米戦争に関して、日本が真珠湾攻撃へ追い込まれた経緯と並ぶ疑問は、「なぜアメリカは二発の原爆を日本に落としたか」である。
1945年5月当時、国務次官を務めていたグルーは、皇室の保全さえ明示すれば日本はすぐに降伏するはずだ、とトルーマンに進言している。
ところが「公開されていない軍事上の理由」により、この提案は却下されてしまう。
公開できない理由とは何か。
すなわち原爆である。
近現代史研究家の鳥居民氏による労作『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』(草思社文庫)のタイトルが示すとおりの状況だったわけで、これは、第二次大戦においてアメリカが犯した、あまりにも深い大きな罪、人類史的な犯罪であった、といわざるをえない。

渡辺
鳥居先生にはもう少し長生きをしていただきたかったと残念に思う。
本誌7月号のコラムで書いたが、チャーチルは原爆使用の是非について、軍事アドバイザーを交えてトルーマンとドイツのポッダムで協議を行なっている。
1945年7月24日のことである。
このとき、チャーチルは「日本は真珠湾を警告もなく攻撃し、貴国の若者を殺したではないか」と語り、原爆の無警告投下に躊躇するトルーマンの背中を押した。
なぜか日本ではチャーチルを評価する識者が多いが、第一次、第二次大戦共にチャーチルが起こした戦争といっても過言ではない。
言行不一致の見本のような人物で、史上最低の政治家であった、と私は考えている。

中西
私は、個人的にはチャーチルは愛すべき性格を多くもった興味深い人間で、人物評としてはいつも評価している。
しかし、ルーズベルトはまったく違う。
ただ、二人とも権力政治家としてのあざとさやあくどさはまさに世界史的レベルで、その点で彼らは具体的にやったことの内容を別にすれば、スターリンやヒトラーとまったく同じ種類の人間だったと思う。
実際、対日戦争の全期間を通じ、すなわち大西洋憲章から始まってポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約に至るまでのあいだ、米英指導部によって唱えられた「平和」「自由」「文明」などの理念は、実際は、世界覇権の確立をめざす戦勝国として自らに好都合な戦時プロパガンダにすぎなかった。
それを本気で真に受け、その上に自らの歴史観を構築してきた敗戦後の日本人はあまりにもナイーブだったといえる。
私は国際政治の歴史を学ぶなかで、「すべての戦争は帝国主義戦争である」というテーゼに至るようになった。
20世紀以降、そして21世紀の今日においてもなお、覇権を争う多くの国は自国の排他的な国益を守り、他者への支配を拡大するための戦争に踏み切ることを躊躇しない。
現代においても、いわゆる「正しい戦争」、つまり100パーセント「自衛のため」という戦争はありえない。
とくに第二次大戦後の戦後の世界秩序は、「領土」の分割と併合を行なって切り分けることによって形成されている。
そこで分配される領土とは、まさにプーチンのいうように、戦勝国にとってのいわば「戦利品」なのである。
むろん私は、世界はしょせんジャングルの論理でしかなく、崇高な理念を掲げることは無意味だ、といいたいわけではない。
むしろそうした人間本来の理念や価値を守るためにこそ、「すべての戦争は侵略戦争である」という醒めた歴史観が必要なのである。
こうした歴史を見る冷徹な目を備えて初めて日本は平和外交に徹することができるし、透徹した国家戦略を構築できる。
歴史認識において、あるいは現実の国際社会において日本が陥っている深刻な不適応を治癒するためにも、このような、「正しい戦争などない」という透徹した戦争観をもつことが何よりも重要なのである。

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