国家解体を試みた民主党政権|朝日新聞が「遺産」と呼ぶものの正体
2019年9月19日発信。
産経新聞に掲載された阿比留瑠偉氏の論文を基に、民主党政権発足から10年を経た各紙社説の違いを検証する。
産経・読売が民主党政権の外交安保上の失敗や統治能力の欠如を批判した一方で、朝日新聞が民主党政権を一定評価したことを取り上げ、その根底にある国家観の欠如と国家解体思想を論じる。
2019-09-19
国家解体試みた民主党政権…朝日は一定の評価…だから朝日の見解は理解に苦しむが、朝日にとっては輝かしい時代だったのだろう。
以下は今日の産経新聞に、国家解体試みた民主党政権、と題して掲載された阿比留瑠偉の論文からである。
彼は現役では数少ない本物の記者の一人である。
*~*は私。
16日付朝刊の産経新聞、読売新聞、朝日新聞の3紙の社説(本紙は『主張』)が民主党政権発足から10年が過ぎたことを取り上げていた。
あれからもうそんなにたつのかという感慨にふけりつつ読むと、視点はそれぞれ異なっていた。
産経は「現実的な安保政策をとれ」とのタイトルを付け、民主党政権が残した外交・安全保障上の教訓を示してこう指摘している。
「最大の失敗は、外交安全保障をおろそかにしたことだ」
「もう一つの失敗は政治主導が官僚排除であると勘違いしたことだ」
読売は「民主党の過ち繰り返すのか」とのタイトルで、立憲民主党や国民民主党など現在の民主党の後裔政党に「反省を生かす気はあるのか」と迫っていた。
例えばこうである。
「実現可能性を無視した公約は、次々に修正を迫られた」
「(保守系から旧社会党系までの)『寄り合い所帯』が、難しい政治課題に対処できなかったのは当然だろう」
朝日は一定の評価。
両紙は、民主党政権から教訓や反省を読み取り、後裔政党を戒めているが、朝日は違った。
朝日は「『遺産』生かし対抗軸を」とのタイトルで、次のように民主党政権に一定の評価を与えて懐かしんでいた。
「政権交代そのものの意義を忘れてはなるまい」
「安倍(晋三)首相が繰り返す『悪夢』という決めつけは一方的過ぎる。成し遂げたものを冷静、公平に評価しなければならない」
「政権の挫折は、こうした理念が間違っていたことを意味しない」
筆者は2月15日付の当欄で、民主党政権のマニフェスト(政権公約)の不履行、政治主導の迷走、統治能力の欠如と党内抗争、外交・安保上の失態、景気低迷…などを列挙した上で「あの時代が悪夢だったことは疑う余地がない」と結論付けている。
だから朝日の見解は理解に苦しむが、朝日にとっては輝かしい時代だったのだろう。
朝日は、鳩山由紀夫首相(当時)が最初の所信表明演説で、行政だけではなく、地域の市民や企業などが支え合う「新しい公共」の考え方を高く評価しているが、これは何を意味するのだろうか。
致命的な国家観欠如。
鳩山氏のブレーンとされ、内閣官房参与も務めた劇作家の平田オリザ氏は平成22年2月のシンポジウムでこう語っていた。
*こんな事が現実だったと思い出すだけでもゾッとする*
「鳩山さんとも話をしているのは、21世紀は、近代国家をどういうふうに解体していくかという100年になる」
鳩山氏が「国というものが何だかよく分からない」
「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」などと主張したことと通底する。
また、後任の菅直人首相は政治学者の松下圭一氏に傾倒し、著書で「松下理論を政治の場で実践する」と記すが、その理論とは何か。
かみ砕いていうと、国家統治を崩壊させ、市民と自治体へ権力を移行させていこうという考え方である。
*こんな党や人間達に朝日新聞は政権を取らせたのである*
つまり、民主党政権が実行しようと試み、朝日が現在も称賛していることとは、国家解体の思想だと言っていい。
だが、菅内閣時に発生した東日本大震災でも、今回の台風15号による大規模停電被害でも明らかになったのは、国家という共同体の枠組みの重要性と、それをきちんと機能させることの大切さではないか。
現在、立民と国民両党が衆参統一会派を組むための協議を行っているが、国家観が不一致または欠如したままでは、とても国のかじ取りは任せられない。
(論説委員兼政治部編集委員)