IMADRは久保田洋の遺志を裏切った――日本の人種差別撤廃提案を隠蔽する左翼NGOの反国家思想

勝岡寛次氏の論考をもとに、国連人権担当官・久保田洋氏がIMADRと日弁連に国連活用の道を開いた経緯と、その本来の思想が反国家的な左翼イデオロギーではなかったことを論じる。日本が1919年に世界で初めて国際連盟に提出した人種差別撤廃提案の歴史的意義をIMADRが無視している問題を検証する。

2020-01-10
国家のやること為すことは、全て「悪」だという先入観に囚われているから、戦前の日本「国家」の人種差別撤廃提案の世界史的意義などはてんで認めない。
以下は前章の続きである。
久保田の「遺志」はどこへ?
国連人権担当官であった久保田が、IMADRと日弁連に国連を利用する方法を教えた「張本人」だと書いたが、久保田自身は決して左翼ではない。
そのことは、彼が遺著の中で次のように述べていることからも判る。
《アメリカのインディアンたち、先住民の諸グループでも、右から左までいろいろな勢力がそれぞれ国連NGO協議資格を取っている。意見が違っていても、同じ事柄を扱うNGOは、よりよきライバルとして、中身で競争すべきである》(『人間の顔をした国際学』)
もし彼が今も生きていたと仮定して、日本から保守派のNGOが行けば、彼はIMADRのような排斥的な態度をれるだろうか。
筆者はそうは思わない。
彼はIMADRや日弁連に与えたと同様の便宜を、保守NGOにも与えてくれるだろう、と筆者は考える。
日本は1919年、第一次世界大戦後に、世界で初めて「人種差別撤廃提案」を国際連盟に提出した、輝かしい歴史を持っている(理不尽な方法で否決されたが)。
これは、部落解放同盟の前身である全国水平社の結成(大正12年、1922)以前のことだ。
日本は、今から丁度百年前に「反差別」の旗を世界に対して堂々と掲げた、世界で最初の国なのだ。
しかし、「反差別国際運動」の設立趣意書を見ても、そのことには一言も触れていない。
重大な歴史の隠蔽をしている。
何故か。
IMADRは左派イデオロギーに毒されているから、反国家的な歴史認識を持っている。
国家のやること為すことは、全て「悪」だという先入観に囚われているから、戦前の日本「国家」の人種差別撤廃提案の世界史的意義などはてんで認めない。
だからそのことは事実としては知りつつも、敢えて無視して憚らないのだ。
だが、久保田は違う。
久保田は「反国家」思想の持ち主ではない。
それは、次の文章を読むと判る。
《国際的なNGOの役割の重要性はいくら強調してもしすぎることはない。とはいえ、これらのNGOは、アンチ・ガバメンタル・オーガニゼーション(反政府団体)ではなく、ノン・ガバメンタル・オーガニゼーション(非政府間国際機構)であることを確認しなければならない)《たとえば、アムネスティなどでも、会員やそれぞれの支部は、自国の人権侵害状況は原則として取り上げない方針を立てている。(中略)ともかく、日本政府の代表団と一般的協調関係を保つことは重要である》(久保田、前掲書)
だから、久保田は戦前の日本国家の歴史も正当に評価する。
歴史認識が、IMADRなどとは全く異なっているのだ。
例えば、IMADRが隠蔽した人種差別撤廃提案についても、久保田は生前にこう書いている。
《第一次世界大戦後、国際連盟が作られた時、日本の代表は人種万別を禁止する規定を連盟規約の中に人れるべく提案した(中略)その昔、日本人が、その時の列強に対して、一国で、非差別の原則の確立を主張した伝統をよびおこし、経済貿易黒字国であるだけでなく、人権黒字国として、世界の新しい歴史作りにいささかでも貢献することを祈るものである》(久保田洋「反差別国際運動に期待する」、『ヒューマンライツ』(10)
久保田は漫然とこの文章を書いたのではない。
久保田は「反差別国際運動」の“生みの親”だと先に書いたが、その「生みの親」が「生まれてくる子供」に対して、TMADRは“かくあれかし”と「期待」を込めて、「祈り」を込めて書いた文章なのである。
しかし、IMADR設立に寄せた久保田のこの「期待」は、見事に裏切られた。
今日、TIMADRは右派NGOに対しては極めて排他的な態度を取っているが、これは久保田の「遺志」には明らかに反したことなのである。
とはいえ、国連と彼らの関係は、30年という年月をかけて、営々として築かれてきたものである。
彼らは30年かけて、今日の運動形態を模索し、国連を最大限利用してきたのである。
とするならば、保守派のNGOがそれと同じことをやろうと思えば、やはりこれと同じ位の年月はかかる、と見なければならない。
TIMADRの運動は「他山の石」であり、我々がそこから学ぶべきことは多い。
〈詳しくは拙稿「『反差別国際運動』(IMADR)は如何にして国連NGO資格を取得したか」『歴史認識即迦研究』第5号、令和元年秋冬号を参照されたい〉

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