朝日新聞の逆を行けば間違いない――古森義久が論じる「朝日新聞という病」
2020年1月27日発信。月刊誌WiLL掲載の古森義久氏の論文「アンチとみればバカヤロー、ナチス、ヒトラーなどとヘイトする 朝日新聞という病」から、朝日新聞を日本の反面教師として読む視点を紹介する。サンフランシスコ講和条約をめぐる「単独講和」と「全面講和」の対立を通じて、戦後日本が朝日新聞の主張と反対の道を選んだことで独立と繁栄を得たと論じる。
2020-01-27
日本が重大な難関に直面し、どの方向に進めばよいのかわからなくなった場合、朝日新聞が主張する方向とは反対を進めばよいのである。
だから指針として貴重なのだ。
以下は、月刊誌WiLL今月号に、アンチとみればバカヤロー、ナチス、ヒトラーなどとヘイトする 朝日新聞という病、と題して掲載された、古森義久氏の論文からである。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読の渾身の論文である。
「安倍憎し」の一心で論拠なき駄文を書き連ねる朝日記者と「朝日文化人」
朝日の「逆」で間違いない
私は長年、朝日新聞を読んできた。
昭和、平成、令和という各時代を通算すると、もう五十年ほどになる。
その間、自分が新聞記者だという職業的な理由も大きかったが、朝日新聞を読むこと自体が好きだったともいえる。
読むことが好きだという意味で、朝日新聞の愛読者だったともいえよう。
だが、朝日新聞を愛したという意味ではない。
ここ三十年ほどは朝日新聞を自分にとっての反面教師だとみて、その価値を実感してきた。
朝日の報道や論評の間違いを教訓にしたのだ。
自分は決してそんなミスは犯さないように、と自戒する教材だともいえる。
皮肉を込めていうならば、朝日新聞は日本にとっての貴重な宝だとも思う。
反面教師としての価値がそれほど高いからである。
日本が重大な難関に直面し、どの方向に進めばよいのかわからなくなった場合、朝日新聞が主張する方向とは反対を進めばよいのである。
だから指針として貴重なのだ。
戦後日本の歴史が、その真実を証明してきた。
第一に、一九五一年の日本の独立だ。
この年九月のサンフランシスコでの対日講和条約の調印が連合軍占領を終わらせ、主権を回復させる歴史の転換点となった。
この条約について、日本国内では「単独講和」論と「全面講和」論とが対立した。
「単独講和」とは、条約を結ぶ相手をアメリカなど自由民主主義陣営に属する国に限るという方法である。
実際にはその相手国は四十八力国にも達していたから、「単独」ではなく「多数講和」だった。
「全面講和」とは、ソ連や中国という共産主義陣営の諸国もすべて含めての条約調印だった。
ソ連などはアメリカ主導の対日講和に色々と文句をつけて、そのままでは応じなかったのだ。
朝日新聞は「全面講和」を強く推し、「単独講和」に猛反対した。
だが日本は「単独講和(実際には多数講和)」と、いう道を進み、独立と平和と繁栄を得た。
もし「全面講和」を待つ道を選べば、日本は独立を遅らせ、ソ連側に傾き、アメリカとの距離を置き、まったく異なる不幸な運命をたどっただろう。
日本は、朝日新聞の主張と反対の選択肢を選ぶことで大成功したのだ。
この稿続く。