日本はナチス・ドイツのアジア版だったのか――東京裁判史観と大東亜戦争観をともに問い直す
ナチス・ドイツと日本帝国を同一視し、昭和天皇をヒトラーになぞらえる戦勝国側の歴史認識は妥当なのか。
平川祐弘氏の論文から、「デモクラシー対ファシズム」という戦後の図式、自由民主主義と人民民主主義を同列に置く矛盾、ナチス・ドイツと日本の質的相違を問い直す。
同時に、大東亜戦争を全面的な正義の戦争と断定する見方にも疑問を呈し、「あの戦争」とは何だったのかを複眼的に考える。
2020-06-22
ナチス・ドイツが悪の帝国で、ヒトラーがその悪の首魁であるとして、軍国日本が悪の帝国で、昭和天皇がその悪の首魁であるとするような解釈を、そのまま許しておいてよいのか。
以下は前章の続きである。
日本はナチス・ドイツのアジア版なのか
だが、ここで問いたい。
私たちはいつまでも、あの戦争はデモクラシー対ファシズムの戦争であり、勝利した連合国側が正義だったという図式に、そのまま従っているだけでよいのか。
自由民主主義と人民民主主義を同一のカテゴリーに入れて、歴史を裁断するようなことをしてよいのか。
私たちの子供が、「習近平主席が説くのと同じような歴史観を分かち持て」と言われても、大丈夫なのか。
ナチス・ドイツが悪の帝国で、ヒトラーがその悪の首魁であるとして、軍国日本が悪の帝国で、昭和天皇がその悪の首魁であるとするような解釈を、そのまま許しておいてよいのか。
その際、ナチス・ドイツと日本帝国の質的な違いは、何だったのか。
戦争中の連合国側は、一般に日本事情に通じていなかったこともあり、ナチス・ドイツとの類推によって、日本帝国を理解しようとした。
そのことは、すでに述べた。
昭和天皇を日本のヒトラーとみなしたのも、そのためである。
しかし、私はそのような疑問を呈するとともに、さらに立場を逆転させて、次のような質問も呈したい。
従来、「東京裁判史観」と言いならわされてきた戦勝国側の歴史認識に疑問があるとして、だからといって、あの戦争は大東亜解放のための正義の戦争だったと言い切れるのか。
そのような修正ができるのか。
「あの戦争」とは、そもそも何だったのか。
この稿、続く。