英国は日本を見捨てなかった――日英同盟の恩義を忘れるな、高山正之が描いた近代日本の真実

高山正之が、フェートン号事件、対馬をめぐるロシア艦排除、日英同盟、日本海海戦、戦後の自動車産業、原子力導入までを通して、英国が日本に果たした歴史的役割を描いた論考。
米国の戦後政策に翻弄された日本を英国が幾度も支えた事実をたどり、日英両国の恩義と信頼、そして日本が今こそ果たすべき恩返しを問う。

2018-12-29
週刊新潮新年特大号に掲載された高山正之のコラムもまた、彼が戦後の世界において唯一無二のジャーナリストであることを証明している。
購読者は、心地よい大笑いや感嘆の念を覚えながら、この論文を読んだはずである。
だが、慧眼の士は皆、この論文が持つ重さを忘れることはできない。
日本に高山正之という人間が存在していたことに、深く感謝するはずである。
以下は、高山正之の「日英同盟に謝す」からである。
日英同盟に謝す
日英の最初の出会いは19世紀初め、フェートン号が長崎港に殴り込みをかけた事件だった。
日本人は、何と乱暴な国があるものかと大いに驚いた。
そこで、対処の方法を考えるため、まず英和辞典『諳厄利亜(あんげりあ)語林大成』を作った。
後に、同じ言葉を話し、さらに凶暴な米国人がやって来た時、それは大いに役立った。
これは、やや反面教師的な話ではあるが、英国は実際、日本に良いこともしてくれた。
幕末、ロシア艦ポサドニックが対馬に来航し、村々を荒らしたうえ、港の租借と遊女の差し出しを要求してきた。
幕府が対応を誤れば、対馬が占領されることもあり得た。
実際、明治8年、同じようにロシア艦が樺太にやって来て、同じような脅しをかけてきた。
日本は独力では抗し切れず、ロシアは樺太を手に入れた。
対馬もあわやという時、英国公使オールコックが軍艦2隻を派遣し、ロシア艦を追い払ってくれた。
感謝してもし切れない、見事な結末だった。
そのロシアと、朝鮮半島を挟んで再び対決することになった時、英国は日本と軍事同盟を結んでくれた。
日本は、ロシアとだけ戦えばよかった。
日本嫌いのドイツやフランスがロシアを援助すれば、英国は直ちに参戦し、両国を倒すという約束だった。
誰も、世界最強の英国と戦いたくはなかった。
バルチック艦隊は、日本海に入る前、仏領インドシナのカムラン湾で休養を取れるはずだった。
だが、フランス政府は日英同盟を恐れ、艦隊の入港を認めなかった。
将兵は、地球を半周する長い航海の疲れも取れないまま、対馬沖で日本の聯合艦隊と激突した。
ロシア艦隊を全滅させたあの大勝利の2割ほどは、英国のおかげだった。
その日英同盟は、米国の狡猾と幣原喜重郎の間抜けのせいで消滅した。
それもあって先の戦争が起こり、日本は敗れた。
戦後の日本は、米国の壟断に振り回された。
だが、そのような時にも、英国は日本に対して、ごく普通の対応をしてくれた。
米国は、日本が白人国家に二度と立ち向かえないよう、航空機産業を徹底的に潰した。
航空機の運航も、製造も、航空力学の講座さえも禁じた。
自動車工業も同じだった。
製造も研究も禁じ、戦前まで行われていたフォードやGMの現地生産も中止させた。
重工業も、同じように完全に解体されるはずだった。
だが、南北朝鮮が実に良いタイミングで戦争を始めてくれた。
日本は米軍の後方基地として、その工業力を辛うじて生き残らせることができた。
そのような時、英国が日本の自動車産業の救世主となった。
オースチンは日産と、ヒルマンはいすゞとノックダウン契約を結び、日本は戦後の空白を埋めることができた。
先の戦争は、米国が日本への石油供給を絶ったことで始まった。
戦後の日本のエネルギー事情も、何ら改善されてはいなかった。
日本政府は原子力発電所の導入を考えたが、米国は断固として拒絶した。
日本が核を持てば、いつか広島と長崎の仇を取られると彼らは考えていたからだ。
そのような時、再び英国が手を差し伸べた。
日本は英国製の黒鉛減速型原子炉を手に入れ、稼働させた。
燃料は、安価な天然ウランでよかった。
これに驚いたのが米国だった。
黒鉛原子炉を燃やせば、核爆弾の材料となるプルトニウムが得られる。
日本は、すぐにでも核兵器を保有できる。
米国は慌てて方針を変えた。
黒鉛原子炉を廃棄させる代わりに、日本へ軽水炉を与えることにした。
この炉であれば、核兵器の材料になるプルトニウムはできないからだ。
こうして日本は、エネルギー自給体制をある程度まで実現することができた。
日本は原子力発電についてのノウハウも身につけ、今や日立が英国へ恩返しとして軽水炉を輸出するところまで来ている。
EU離脱で苦しむ英国にとっても、大きな助けになるはずだった。
だが、輸出を実現するには出資金が足りず、断念せざるを得ないと日立は言う。
政府は、反原発の旗を振る朝日新聞の嫌がらせを恐れているのか、援助を躊躇している。
かつて日本は、あの朝鮮ごときに、国家予算の2割を36年間も無駄に投入してきた。
その36分の1でも、英国向けに回したらどうか。
歴史に刻まれた恩義の、何分の1かは返すことができる。
朝鮮とは違って、きっと意味あるものになるはずである。

私は、高山正之のこの見事な論文を再読しながら、何度か落涙を禁じ得なかった。
彼のような人間を、真の国士というのである。
大江健三郎や村上春樹に代表されるような人間たちを、売国奴、あるいは国賊というのである。
彼らは、日本史の中でも稀有な最低日本人たちである。
大江健三郎は、加藤周一との交友をひけらかすように、愚かな井上ひさしとの対談で、加藤は日本史上に天才は二人しかいない、空海と菅原道真だと言っていると、得意げに吹聴していた。
だが、大江や村上以上に、空海や菅原道真から軽蔑される人間はいない。
そのことに日本人が気づくべき時が、決定的に訪れたのが、4年前の8月なのである。

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