日本女性の真価は国際ランキングでは測れない――世界経済フォーラムのジェンダー指数、女性政治家の資質、国際機関の権威を問う
世界経済フォーラムが発表したジェンダー・ギャップ指数2020で、日本が153か国中121位とされた意味を検証する。
同指数が女性個人の社会的地位や幸福度ではなく、経済・教育・健康・政治の四分野における男女間格差を測る指標であることを確認し、日本女性の実像、女性政治家に必要な資質、国際機関や報道機関の評価基準について論じる。
2020-07-09
以下は、2020年5月2日に「では優位な日本女性がなぜ政治家を志さないのか。それは昨今の政治家が常に偽善と悪意に満ちた野党の罵声に耐えねばならないからだ。そんなのは亭主に任せて自分は好きに生きる」と題して発信した章の再掲載である。
引用したのは、2020年4月30日発売の『週刊新潮』の掉尾を飾った、高山正之氏の連載コラム「女議員の鑑」である。
本稿で高山氏は、世界経済フォーラム、ジェンダー・ギャップ指数、日本女性の社会的地位、宗教と男女関係、そして女性政治家の資質について、独自の歴史観と強烈な風刺を交えて論じている。
再掲載にあたって、まず事実関係を整理しておく。
世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数2020」は、女性そのものの能力、幸福度、自由度、文化的影響力を順位づけしたものではない。
経済参加と機会、教育、健康と生存、政治的エンパワーメントという四分野について、男女間にどれだけ格差が残っているかを数値化した指標である。
同報告書で日本は153か国中121位、韓国は108位だった。
したがって、「日本女性の社会的地位が世界121位」「韓国女性より日本女性が劣る」という意味ではない。
また、この指数が白人国家と有色人国家を分類し、その優劣を直接評価しているわけでもない。
高山氏の記述は、国際機関が採用する指標や価値観が、欧米型の政治参加や社会構造を過度に普遍的基準として扱っているのではないか、という風刺的批判として読む必要がある。
津田大介氏が世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダーズ2013」に選出されたことは事実である。
上川陽子氏が法務大臣として、2017年に犯行時19歳だった死刑確定者を含む二人の執行を命じ、2018年にはオウム真理教元代表らの死刑執行を命じたことも確認できる。
以下の人物評価、宗教史、男女関係についての記述は、高山氏による論評、比喩、風刺として掲載する。
【女議員の鑑】
20世紀の終わり頃に登場した世界経済フォーラムは、グローバリズムの落とし子の集いのような一面がある。
毎年1月、スイスのダボスで開かれる総会には、メルケル、ビル・ゲイツ、習近平に加えて、豊富な資金力を持つNGO関係者も多数顔を並べる。
この年は、そうしたNGOが支持する気候変動活動家の少女が厳しい表情で訴える場面もあった。
しかし、ボリス・ジョンソン英首相の表現を借りれば、その実態は「大金持ちとシャンパンを飲み明かす」いつもの会議でもあった。
その昔、米国通商代表のミッキー・カンターが酒に酔って二階から落ち、会議を欠席した事件が、その雰囲気を象徴している。
このフォーラムは、各国の次世代指導者を認定する事業も行っている。
日本からは津田大介氏が選ばれ、顕彰された。
日本人の間では、同じ金髪ならカズレーザー氏の方がよかったという声も聞かれた。
世界経済フォーラムは、各国の男女間格差を統計化し、国別の順位を発表した。
直近の報告では、日本は153か国中121位だった。
韓国は108位で、日本より上位だった。
日本が低い最大の理由の一つは、国会議員や閣僚など、女性政治家の比率が低いことにある。
しかし、日本では多くの政治家が家庭では妻に頭が上がらない。
天照大神以来の日本社会の実態を無視し、国会議員の人数だけを重視する順位には首をかしげる。
ところが朝日新聞は、この順位を大きく取り上げた。
編集委員の福島申二氏は日曜コラムで、男性は目立つ女性を排撃し、朝日新聞も能力ある女性記者を潰してきたという趣旨の反省を書いていた。
なぜ朝日新聞の男性たちは、女性を差別し続けてきたのか。
福島氏は、その説明として、バージニア・ウルフの言葉を紹介した。
男にとって、人類の半分が生まれつき自分より劣っていると思うことができれば、それは大きな自信になるという趣旨の言葉である。
自分たちも、そのような意識で女性を差別してきたというのである。
しかし、ウルフも福島氏も、大きな誤解をしている。
男は生まれつき女より偉かったわけではない。
人間社会も、動物の社会と同じように、もともとは母系的な社会だった。
女は、よりよい遺伝子を残すため、外敵を倒し、狩りができる強さを持つ男を求めた。
並の男や、それ以下の男は、生涯女性から選ばれなかった。
だが、男の欲望は強い。
そこで、選ばれない男たちは、宗教というものを生み出した。
その証拠に、多くの宗教は夫の権威と妻の貞節を説いている。
女が男を選ぶ母系社会を終わらせ、男が女を選び、女は夫だけに貞節を尽くす男中心の社会へと変えていった。
宗教によって人類の自然な選択は止まったが、それまで選ばれなかった男にも春が来た。
ユダヤ教社会では、女性が他の男性に目を向けないようにベールをかぶせ、旧約聖書のアブラハムには妻サラのほかにハガルを持つ物語がある。
イスラム圏の一部では女性の不貞に極めて厳しい刑罰が科され、ヒンドゥー社会の古い規範には、夫に問題があっても妻は夫に仕えるべきだという教えがあった。
男たちは、宗教と社会制度によって、初めて女性に対する優位を確立した。
ウルフの語る男性優位社会は、このようにして形成された。
ただし、日本の神道的世界観だけは、天照大神以来、女性を中心に据える伝統を残してきた。
世界経済フォーラムも朝日新聞も、その日本独自の歴史と文化を理解していない。
では、社会において実質的な影響力を持つ日本女性が、なぜ政治家を志さないのか。
昨今の政治家は、常に偽善と悪意に満ちた野党の罵声に耐えなければならない。
そのような仕事は夫に任せ、自分は自分の人生を自由に生きる。
首相夫人が、その一例ではないか。
しかし、ひとたび政治家を志せば、上川陽子氏のような仕事をする女性もいる。
上川氏は法務大臣として、オウム真理教元代表らの死刑執行を命じ、犯行時に少年だった死刑確定者についても執行を命じた。
その決断力は、並の男性政治家には容易に持てないほどの強さである。
辻元清美氏も国会議員となったが、その志は上川氏とは異なる。
高山氏は、公設秘書給与をめぐる事件で辻元氏が有罪判決を受けた過去を厳しく批判している。
それでも辻元氏は政界に復帰した。
その後の政治活動をどう評価するかは、有権者が具体的な実績に基づいて判断すべきである。
蓮舫氏についても、高山氏は、新型コロナウイルスの危険性が高まっていた時期に、政府の感染症対策より「桜を見る会」の追及を重視していたとして批判する。
また、その家族と中国との歴史的関係を踏まえながら、中国発の感染症の危険性を日本国民に十分警告しなかったとも論じている。
ただし、特定の政治家が中国共産党と不正な関係を持つと断定するためには、具体的な証拠が必要である。
女性議員の数を増やすこと自体が目的になり、政治家としての能力、責任感、実績が問われなくなるのであれば、順位を上げることに意味はない。
必要なのは、女性であるというだけで政治家を評価することでも、女性だから否定することでもない。
国民の生命と財産を守り、責任ある判断を下せる人物であるかどうかを評価することである。
その意味で、単に女性議員の人数を増やすだけなら、日本は無理に世界経済フォーラムの順位を上げる必要はない。
【再掲載にあたって】
世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数は、無意味な数字ではない。
日本の国会、企業経営、賃金、昇進の機会などに男女間格差が存在することを示す資料として、真剣に受け止めるべき部分がある。
一方で、この指数は女性の幸福、家庭内での発言力、財産管理、消費決定、文化的権威、生活の自由度などを直接測定するものではない。
女性国会議員の人数が多い国ほど、すべての女性が幸福で自由であるとも限らない。
形式的な人数と、社会における実質的な影響力は、同じものではない。
日本女性が、家庭、教育、消費、文化、地域社会において長く大きな力を持ってきたこともまた事実である。
したがって、日本は国際ランキングを頭から否定するのでも、無条件に服従するのでもなく、その指標が何を測り、何を測っていないかを冷静に見なければならない。
同時に、政治の世界で女性が能力を発揮できる環境を整えることは重要である。
罵声、人格攻撃、派閥への服従、長時間拘束、家庭生活との両立の困難さなど、政治家を志す有能な人材を遠ざける構造は、男女を問わず改めるべきである。
人数合わせによって女性政治家を増やすのではなく、上川陽子氏のように、重大な責任を引き受け、自らの判断を国民に説明できる人材が、性別にかかわらず選ばれる政治をつくらなければならない。
国際機関の順位は、参考資料の一つにすぎない。
日本社会の価値を決める最終的な権限を、ダボスに集まる富裕層、活動家、国際官僚、報道機関に委ねる必要はないのである。