中国共産党体制は転換点を迎えるのか――米中価値観戦争、中国依存の危険、そして日本が下すべき決断
櫻井よしこ氏と葛西敬之氏の対談から、新型コロナウイルスが中国共産党体制に与える影響、米中対立の本質、戦略物資と半導体技術の中国依存、サプライチェーンの国内回帰、日米同盟を基軸とする日本の国家戦略を論じる。
2020-07-09
以下は前章の続きである。
月刊誌『WiLL』に「日本の選択――迷わず親米に舵を切れ」と題して掲載された、櫻井よしこ氏と葛西敬之氏の対談特集からである。
前章では、中国共産党政権の膨張主義、中華思想、香港、台湾、尖閣諸島への圧力、そして米中両国に良い顔をしようとする日本外交の危険性が論じられた。
本章では、中国共産党一党独裁体制が抱える国内的不安定性、新型コロナウイルスを契機とする体制転換の可能性、米中対立の本質、中国に依存したサプライチェーンの危険、半導体をはじめとする戦略技術、そして日本の政府と経済界が選ぶべき道が論じられている。
「トップの首だけがすげ替えられるか、あるいは共産党政権そのものが崩壊するか」という記述は、2020年当時に櫻井氏が示した将来予測であり、体制転換が必ず起きると断定したものではない。
ここで重要なのは、巨大な人口、経済力、軍事力、監視能力を持つ一党独裁体制であっても、経済停滞、疫病、軍事的冒険、権力闘争、国民の不満などを契機として、急激な変化を迎える可能性があるという歴史的な問題提起である。
同時に、日本が中国の体制変化を期待して待つだけでは、国家戦略にはならない。
中国共産党政権が存続する場合にも、大きな混乱が起きる場合にも備え、戦略物資、技術、安全保障、サプライチェーンを自ら守る体制を整えなければならない。
【新型コロナウイルスで体制転換も】
櫻井
1989年の天安門事件で、中国共産党の異常性が世界に知れ渡ることになりました。
民主化を求める学生たちに対して軍が投入され、多くの犠牲者が出た事実を目の当たりにして、国際社会は、共産党政府は求心力を保つことができず、そう長くは持たないだろうと思いました。
しかし、あれから30年以上が経っても、共産党独裁体制は続いている。
それに驚く一方、歴史の教訓に学ばない中国共産党が、いつまでも14億人を統治できるとは、どうしても思えません。
習主席は、明らかに歴史に学んでいない。
権力闘争に明け暮れ、文化大革命によって国内を大混乱させた毛沢東。
イデオロギーに取りつかれ、政策の柔軟性を失ったブレジネフをはじめとする歴代ソ連指導者。
毛沢東時代の中国もソ連も、最終的には中央統制経済によって追い詰められた。
にもかかわらず、習政権は、ほとんどすべての分野で先祖返りを図ろうとしています。
葛西
裏を返せば、それだけ強権化しなければ、国内の不満を抑えきれないということです。
14億ともいわれる中国の人口は、圧倒的な経済力を生み出す強みである一方、アキレス腱でもあります。
冷戦期には、1962年のキューバ危機を一つの転機として、ソ連の長期的な凋落が始まりました。
そして1979年、国内経済が停滞していたにもかかわらず強行したアフガニスタン侵攻が、崩壊に向かう決定的な要因の一つになった。
中国も、何をきっかけに躓くか分かりません。
櫻井
中国の歴史を眺めると、明や清を含め、疫病の流行が衰退や滅亡の一因となった王朝が少なくありません。
新型コロナウイルスが、習近平独裁の基盤を蝕み、体制転換を引き起こすかもしれません。
トップの首だけがすげ替えられるか、あるいは共産党政権そのものが崩壊するか。
いずれにせよ、大きな変化が起きる可能性はあります。
【優柔不断が国を滅ぼす】
葛西
従来の軍事、経済分野だけでなく、宇宙空間やサイバーシステムにおいても米国に挑戦する意思を明らかにする中国に対して、米国は、もはや看過できない水準に達したと認識し始めています。
米国では、トランプ政権に限らず、上院、下院の共和党、民主党という党派を越えて、米国の優位性を揺るがしかねない中国には厳しい姿勢で臨むという考えが、共通認識になっています。
トランプ大統領が貿易交渉などで中国に厳しい要求を突きつけているのは、取引のためにハードルを上げているだけであり、経済的な相互依存関係が強い米中両国は、いずれ妥協点を見つけるだろうという楽観的な意見もあります。
しかし、すべてを金銭的な取引に還元する考え方は、人間、歴史、文化についての理解を欠いていると言わざるを得ません。
これまで米国は、自由で開かれた海洋という海洋国家の存立基盤を脅かす相手に対して、徹底的な抑え込みを図ってきました。
それは今回も変わらないでしょう。
櫻井
米中対立は、貿易戦争を越え、価値観をめぐる戦いの様相を呈しています。
米国も中国も、互いに簡単に譲るわけにはいかない。
どちらかの体制、あるいは国家戦略が大きく後退するまで続くのではないでしょうか。
葛西
そのような中で、日本の姿勢が問われています。
米国と協力しながら中国にも良い顔をする。
すなわち、地政学的リスクと経済的利益を比較しながら、双方から良いところだけを取ろうとする優柔不断な姿勢は、国家を滅ぼしかねません。
櫻井
これまで日本政府と経済界は、主として経済的な視点から日中関係を捉えてきました。
サプライチェーンの見直しとして「中国プラスワン」は議論されてきたものの、それも主に人件費など、経済的な要素に基づく発想でした。
しかし、新型コロナウイルスによって、中国依存の危険性が明らかになった。
マスク、防護服などの医療物資が典型ですが、中国に生産拠点を集中させること自体が、安全保障上の危険要因として認識されたのです。
葛西
戦略物資を特定の国に依存することは、国家の死活問題です。
サプライチェーンの分散と国内回帰は急務です。
櫻井
1月末から、日本政府はチャーター機を手配し、武漢に住む数百人の邦人を帰国させました。
帰国者の約半分は自動車メーカーで働く人たちでしたが、半導体メーカーに勤める技術者も多かった。
ファーウェイが米国市場や米国技術から締め出される中、中国が5G通信で覇権を握るためには、最先端の半導体技術が必要不可欠です。
そのような中で、日本の大企業は中国に技術者を派遣している。
それは米国の対中戦略と、正面から対立する可能性があります。
ナチス・ドイツに強硬な姿勢を貫こうとしたチャーチルに対し、英国の銀行家たちは宥和政策を取るよう求めていました。
中国市場と中国資本を失いたくないために、安倍首相の対中政策を妨げる日本の経済界も、歴史に学ぶべきです。
平和と安全なくして、経済活動は成り立ちません。
経済最優先から、安全保障戦略に軸足を移すよう、発想を切り替える必要があります。
葛西
日米同盟という大前提がある以上、本来、企業の取るべき行動は、おのずと決まっているはずです。
しかし、長期的な視野を欠いた経済界は、目の前の利益を優先してしまう。
すでに出来上がったサプライチェーンや工場を捨てるのは惜しいと考え、14億人の市場を重視する気持ちも理解できます。
しかし、米国との関係をおろそかにし、中国の軍事的、技術的台頭を助けるようなことを続ければ、長期的には致命的な損失を被ることになる。
経済的には多少の痛みを伴っても、安全保障と価値観の観点から、日米同盟の不動性を明確に示す覚悟を持って対峙すべきです。
この稿続く。
【再掲載にあたって】
本章の核心は、中国共産党体制がいつ崩壊するのかを予言することではない。
独裁体制の外見上の安定を、永続的な安定と取り違えてはならないという警告である。
強大な監視機構と治安機関を持つ体制が、必ずしも国民から強固な支持を受けているとは限らない。
統制を強化し続けなければ秩序を維持できないこと自体が、体制内部の不安を示している場合もある。
しかし、日本が中国共産党政権の弱体化や崩壊を期待し、それを前提に政策を立てることは危険である。
体制が長期にわたって存続する可能性にも、急激な変化や混乱が起きる可能性にも、同時に備えなければならない。
そのために必要なのが、中国に集中したサプライチェーンの分散である。
医薬品、半導体、通信機器、電池、重要鉱物、エネルギー関連設備など、国家と国民の生存に不可欠な物資を、政治体制も安全保障上の立場も異なる一国に依存してはならない。
企業にとって、中国市場から得られる利益は大きい。
だが、目先の利益を優先して技術、生産能力、人材を移転し続ければ、日本国内の産業基盤は失われる。
一度失われた工場、技術者、部品企業、研究能力を取り戻すには、長い年月と莫大な費用が必要になる。
経済と安全保障は、別々の問題ではない。
先端技術、物流、港湾、通信、医薬品、食料、エネルギーは、平時には経済活動であっても、危機が発生すれば国家安全保障そのものになる。
日本企業は、利益だけでなく、自らの事業が日本の安全保障と同盟関係にどのような影響を及ぼすのかを考えなければならない。
日本は、中国との貿易や対話をすべて断つ必要はない。
中国国民との交流も維持すべきである。
しかし、経済関係を維持することと、戦略物資や重要技術を中国に依存することは別問題である。
日本が守るべき基軸は、自由、民主主義、人権、法の支配を共有する米国との同盟である。
米国のすべての政策に無条件で従うという意味ではない。
日本自身が国家戦略を持ち、その上で日米同盟の信頼性を揺るがせないということである。
歴史の重大な転換点において、優柔不断は中立ではない。
決断しないまま目先の利益を追い続けることは、自国の選択肢を一つずつ失うことなのである。