『目に見えぬ侵略』が告発した同盟分断工作――中国共産党の対豪浸透と日本への警告
クライブ・ハミルトン著『目に見えぬ侵略――中国のオーストラリア支配計画』を手掛かりに、中国共産党がメディア、政財界、大学、地域社会へ影響力を浸透させ、米国と同盟国の分断を図る戦略を検証する。
安倍首相に中立を迫った『環球時報』社説を通じ、日本が日米同盟と民主主義を守るために必要な外国勢力対策を論じる。
2020-07-09
【背景】
以下は前章の続きである。
月刊誌『WiLL』に「日本の選択――迷わず親米に舵を切れ」と題して掲載された、櫻井よしこ氏と葛西敬之氏の対談特集からである。
本章で取り上げられている『目に見えぬ侵略――中国のオーストラリア支配計画』は、オーストラリアの作家・研究者クライブ・ハミルトン氏の著書であり、日本語版は山岡鉄秀氏監訳、奥山真司氏訳によって、2020年6月に飛鳥新社から刊行された。
同書が主題としたのは、軍隊による目に見える侵攻ではない。
外国政府が政治家、政党、企業、大学、研究者、報道機関、地域団体などとの関係を長期間にわたって構築し、その国の政策や世論を自国に有利な方向へ導く、平時の影響工作である。
オーストラリアは2017年から2018年にかけ、外国干渉罪の新設、外国政府などのために活動する者の登録制度、外国からの政治献金規制などを導入した。
オーストラリア議会も、外国干渉と諜報活動が政府、大学、産業、メディア、地域社会を対象とする重大な安全保障上の問題であると位置づけている。
2020年4月、モリソン豪政権は、新型コロナウイルス感染拡大の経緯について独立した国際的検証を求めた。
中国側は強く反発し、その後、オーストラリアとの外交・通商関係は急速に緊張した。
同年5月26日、中国共産党系英字紙『環球時報』は、「日本はオーストラリアではない、中立を求められている」と題する社説を掲載した。
同社説は、日本に対して米中間で中立を保つよう要求し、日本が米国という同盟国側を選ぶなら、日米同盟を当然の選択として利用することはできないという趣旨まで記していた。
この社説は、中国共産党が日本に何を期待していたかを、驚くほど率直に示している。
すなわち、日本が形式上は米国の同盟国であっても、米中対立の決定的な場面では米国を支持せず、中国に配慮して中立化することを求めていたのである。
なお、以下の対談には、沖縄の基地反対運動の背後で中国共産党が活動しているとの指摘が含まれている。
これは対談者が紹介した疑惑であり、個々の団体や参加者の関与が確認された事実として一律に断定するものではない。
外国政府による干渉を論じる場合に必要なのは、民族や思想による決めつけではなく、資金提供、指示系統、組織的連携、虚偽情報の拡散などの具体的な証拠である。
【「目に見えぬ侵略」】
櫻井
オーストラリアにおける中国の浸透工作の実態を暴いた『目に見えぬ侵略――中国のオーストラリア支配計画』(クライブ・ハミルトン著、奥山真司訳、山岡鉄秀監訳)という本があります。
『目に見えぬ侵略』では、オーストラリアとニュージーランドを第二のフランス、つまり「米国にノーと言う国」に仕立て上げるため、両国の社会全体を親中に染めていく戦略が暴露されています。
中国は米国と同盟国の分離工作を図り、米国の力を削ぎ落とし、最終的に中華帝国の覇権を築き上げようとしている。
日本に対する警告の書といえるでしょう。
いま日本人に、ぜひ推奨したい本です。
葛西
中国は長い時間をかけて、メディアや政財界に親中派を増やし、日本の世論分断と日米の離間を画策してきました。
沖縄で行われる基地反対キャンペーンの背後で、中国共産党が活動しているとも指摘されています。
1960年の日米安全保障条約改定に反対した勢力を、ソ連が支援していたとされる構図と重なります。
櫻井
中国の浸透の実態に気づいたオーストラリアのモリソン首相は、新型コロナウイルスをめぐる中国政府とWHOの対応を検証するよう求めるなど、中国に強い警戒感を示しています。
太平洋諸国への影響を強める中国に対する牽制の意味合いもあるでしょう。
安倍首相が5月25日、「新型コロナウイルスが武漢市から広がったことは事実です」と述べたとき、その翌日、中国共産党機関紙系の『環球時報』は、即座に「日本はオーストラリアではない、中立を求められている」という社説を掲載しました。
「安倍首相は、新型コロナウイルスが中国から広がったと述べたが、中国に由来するとは言わなかった。
安倍首相は米国を唯一の同盟国と呼ぶ一方、中国は非常に重要な国だと言った。
日米同盟は日本外交の要であるから、安倍首相はトランプ政権に配慮せざるを得ない」という、一見、日本を擁護するかのような論調でした。
しかし同時に、恫喝することも忘れていません。
「米中対立の中で、日本が正義の側、すなわち中国側ではなく、同盟国側につくなら、日米同盟を当然の選択として利用することはできない」と結論づけているのです。
米国側につけば、ただでは済まないという恫喝にほかなりません。
この稿続く。
【再掲載にあたって――侵略は軍艦が到着した日に始まるのではない】
侵略という言葉から、多くの人は軍艦、戦闘機、ミサイル、上陸部隊を連想する。
しかし、外国勢力が相手国を自らの意向に従わせる方法は、軍事力だけではない。
政治家や官僚との関係を深める。
企業に巨大市場と投資利益を与える。
大学や研究機関に資金を提供する。
報道機関、文化人、評論家を通じて、自国に有利な物語を広める。
不都合な批判には、経済制裁、取引停止、入国拒否、不買運動などを示唆する。
このような働きかけを長期にわたって積み重ねれば、軍事力を直接使わなくても、相手国の発言と政策を変えることができる。
外国との交流、貿易、研究協力、文化交流自体は、決して悪いものではない。
問題となるのは、外国政府との関係や資金提供を隠したまま、国内の政治的意思決定や世論に影響を与える行為である。
オーストラリアの制度も、外国勢力の意見を禁止するのではなく、外国政府などのために行われる活動を可視化することを主眼としている。
【中国共産党が狙うのは、米国と同盟国の分断である】
『環球時報』の社説で注目すべきなのは、日本に単なる友好を求めていたのではないことである。
中国側は、日本が米国との同盟を維持している現実を認めながら、米中が対立する場面では中国に配慮し、中立を保つよう求めていた。
さらに社説は、中国が西側諸国と米国との間の思想的摩擦を減らし、米国を国際的に孤立させるべきだという戦略まで明記している。
米国の同盟国を軍事的に攻撃すれば、日米安全保障条約や北大西洋条約機構などの集団的な反応を招く。
しかし、同盟国の内部に「米国との同盟は危険だ」「中国との経済関係を優先すべきだ」「いずれの側にも立つべきではない」という世論を広げることができれば、同盟を内側から弱体化させることができる。
これこそ、目に見えぬ侵略の核心である。
【反基地運動と外国干渉を混同してはならない】
沖縄の米軍基地に反対することは、日本国民に認められた政治的意見である。
基地負担、騒音、事故、環境問題について、住民が政府に異議を唱える権利は守られなければならない。
その一方で、外国政府が資金、偽装団体、SNS工作、虚偽情報などを通じ、既存の社会的対立を意図的に拡大しているのであれば、それは国内の言論活動とは別の問題である。
問うべきなのは、基地に賛成か反対かではない。
外国政府から秘密の指示や資金が提供されたのか。
虚偽の身分や大量の偽アカウントが使われたのか。
外国政府の戦略目的のために、日本国内の対立が組織的に利用されたのか。
これらを客観的な証拠によって調査する必要がある。
証拠もなく参加者全体を外国の工作員と決めつければ、正当な言論の自由を傷つける。
反対に、「市民運動だから」という理由だけで、外国勢力との関係を一切検証しなければ、民主主義社会は無防備になる。
【日本に必要なのは、禁止ではなく透明性である】
日本が整えるべきなのは、政府に都合の悪い言論を取り締まる制度ではない。
外国政府、外国政党、外国政府系企業などから資金や指示を受け、政治家、政党、大学、研究機関、報道機関、シンクタンクなどに働きかける場合に、その関係を開示させる制度である。
外国政府から提供された政治資金、研究費、渡航費、講演料、広告費、顧問料などについても、透明性を高める必要がある。
重要技術や安全保障に関わる研究では、研究者の国籍ではなく、研究資金の出所、兼職、秘密保持義務、外国政府や軍との組織的関係を確認すべきである。
中国人、中国系住民、中国人留学生であるというだけで疑ってはならない。
中国共産党政権を批判し、自由な社会で暮らすことを望む中国人も数多く存在する。
守るべきなのは、日本人と中国人を分ける民族的な境界ではない。
秘密工作と公開された交流、違法な干渉と合法的な意見表明を分ける法と制度である。
【日本への警告】
オーストラリアが経験した問題は、日本にとって他人事ではない。
日本は中国と地理的に近く、巨大な経済関係を持ち、同時に米国との安全保障同盟を国家防衛の基軸としている。
したがって、中国共産党にとって日本は、米国との同盟を弱めるうえで極めて重要な対象となる。
米国にも中国にも良い顔をしていれば、日本が安全になるわけではない。
立場を曖昧にし続ければ、中国側には圧力を加えれば譲歩する国と見られ、米国側からは信頼できない同盟国と見られる。
中国との対話と貿易は継続すべきである。
しかし、自由、民主主義、法の支配、領土、重要技術、国家安全保障についてまで譲歩してはならない。
『目に見えぬ侵略』は、オーストラリアだけを描いた書物ではない。
民主主義社会の自由と開放性が、独裁政権の工作に利用される危険を、日本国民に警告する書なのである。