「中抜き」という印象操作――持続化給付金、電通再委託、野党の演出とNHK報道の責任
持続化給付金事務を受託したサービスデザイン推進協議会が、769億円の事業のうち749億円を電通へ再委託した問題を、野党と主要メディアは「中抜き」「ダミー法人」と批判した。しかし政府側は、約20億円の差額について銀行振込手数料などの内訳を説明していた。事務所がリモートワークで無人だと事前に知りながら、報道陣を伴って訪問した野党議員の演出と、NHK「ニュースウオッチ9」の報道姿勢を記録する。
2020-07-10
「中抜き」という印象操作――持続化給付金、電通再委託、野党の演出とNHK報道の責任
以下は前章の続きである。
本稿は、「安住閣下の舌は何枚?」と題して月刊誌『WiLL』に掲載された、ジャーナリスト氷川貴之氏の論文からである。
新型コロナウイルス禍によって、多くの中小企業と個人事業者が売上げを失い、存続の危機に立たされた。
政府が創設した持続化給付金は、そうした事業者に対し、可能な限り迅速に現金を届けるための制度だった。
膨大な数の申請を短期間で受け付け、審査し、全国の事業者へ給付するためには、大規模な事務処理体制が必要だった。
経済産業省は、持続化給付金の事務を一般社団法人サービスデザイン推進協議会に委託し、同協議会はその大部分を電通へ再委託した。
野党と一部の主要メディアは、この再委託を「中抜き」「丸投げ」「ダミー法人」と表現し、政府と電通の間に不透明な利益供与が存在するかのような印象を広げた。
しかし氷川氏の論文によれば、政府側は、769億円の契約額と749億円の再委託額との差額約20億円について、銀行への振込手数料などを含む内訳を繰り返し説明していた。
それにもかかわらず、野党は説明の内容を具体的に検証するのではなく、「中抜きだ」という強い言葉を繰り返した。
本稿が明らかにするのは、委託契約そのものの問題だけではない。
事務所がリモートワークによって無人であると事前に知らされていたにもかかわらず、野党議員が報道陣を引き連れて現地へ向かい、誰も応答しないインターホンに向かって呼びかける姿を撮影させたという、政治的演出の実態である。
そして、その演出を十分に検証せず、あたかも実体のない会社が存在するかのように伝えたNHK「ニュースウオッチ9」をはじめとする主要メディアの責任である。
以下に掲載する関係者の発言や評価は、氷川貴之氏の記事に記載された証言と論旨として記録する。
今度は「電通委託費」問題
終盤国会で野党がやり玉に挙げたのが、中小企業などに支給される「持続化給付金」の事務委託問題だった。
6月1日の朝、東京・築地の大通り沿いにある雑居ビルへ、立憲民主党の川内博史議員、国民民主党の渡辺周副代表ら、野党議員6人が入っていった。
一行の目的は、経済産業省から持続化給付金の手続き業務を委託された、サービスデザイン推進協議会の事務所を訪問することだった。
野党議員らは、待ち受けていた報道陣を引き連れ、事務所がある2階へ上がっていった。
事務所入口に設置された白いインターホンの受話器を渡辺氏が耳に当てると、一斉にカメラのフラッシュが光った。
「もしもーし、もしもーし。誰も出ないな。では、大串先生どうぞ」
指名された立憲民主党の大串博志氏が、同じように受話器へ向かって呼びかけた。
再びカメラのフラッシュが光ったが、当然、返答はなかった。
「では、川内先生どうぞ」
野党議員らは、報道陣のカメラを意識しながら、代わる代わる、返答のないインターホンに向かって呼びかけ続けた。
野党議員の来訪を事前に知りながら、なぜ事務所を不在にしたのかと疑問に思った記者が尋ねた。
「先方には、来訪することは伝えたのですか」
渡辺氏は、次のように答えた。
「実は1時間前に、役所から『今日はリモートワークで、事務所に職員は一人もいません』という連絡はもらっていたのだけど、来てみたんですよ」
つまり野党議員らは、在宅勤務によって事務所が無人であることを事前に知りながら、報道陣に映像を撮影させるために現地を訪れたのである。
そして報道陣に対し、「この協議会は幽霊会社、トンネル会社だ」と訴え、あたかも実体のない組織であるかのような印象を作り出した。
私が問題だと考えたのは、NHK「ニュースウオッチ9」が、この単純な経緯を十分に報道しなかったことである。
事務所がリモートワークによって無人であることを、野党議員らが訪問前から知っていたという事実を伝えず、あたかもダミー会社を追及した結果、誰も応答しなかったかのような印象を視聴者に与えた。
報道機関が伝えるべきだったのは、誰もいない事務所の映像だけではない。
なぜ誰もいなかったのか。
野党議員は、その事実をいつ知っていたのか。
訪問にはどのような実質的意味があったのか。
報道陣を同行させた目的は何だったのか。
これらを含めて伝えてこそ、事実に基づく報道となる。
6月9日の衆議院予算委員会では、立憲民主党代表の枝野幸男氏が、協議会が事業費の約97%を電通へ再委託していたことについて、「電通ダミー法人の契約不履行ではないのか」などと安倍総理に質問した。
769億円の事業のうち、749億円が電通へ再委託されていたことを問題視したのである。
しかし政府側は、契約額と再委託額との差額である約20億円について、その大部分を占める銀行への振込手数料など、具体的な内訳を繰り返し明らかにしていた。
それにもかかわらず、野党は政府側の説明を詳細に検証することなく、「中抜きだ」という批判を繰り返した。
「中抜き」という言葉は、業務をほとんど行わず、契約の間に入るだけで不当に利益を得たという印象を国民に与える。
しかし、実際の費用に銀行への振込手数料、運営事務、管理業務などが含まれていたのであれば、それらを一つずつ検証し、不必要な費用がどれだけ存在したのかを明らかにする必要がある。
金額の差が存在するという事実だけで、直ちに不正な利益取得と断定することはできない。
氷川氏は、国家公務員の人員が長期的に削減されてきた中で、膨大な数の事業者へ迅速に給付金を届けるためには、民間への業務委託が不可避だったと論じている。
また、協議会を通じて事務を委託する方式には、それ以前から実績があったという。
予算委員会での質問を終えた枝野氏は、周囲に次のように漏らしたと記事は伝えている。
「電通もかわいそうだよね。経産省が自分たちで対応できないから、電通に無理を言ってお願いしているのに」
これが事実であれば、枝野氏は、政府と電通の間に不正や違法行為が存在するという確証を持って追及していたのではないことになる。
国会の場では「電通ダミー法人」と激しく攻撃しながら、質問後には、経済産業省が自ら処理できない仕事を電通へ依頼した実情を理解していたことになるからである。
全国500か所以上に受付会場を設け、申請支援を行い、膨大な申請の審査、問い合わせ対応、広報、給付手続きを担う大規模事業だった。
経済産業省幹部は記事の中で、同じく入札したデロイトトーマツの案と比較しても、協議会の計画が圧倒的に優れており、より迅速な給付が可能だったと説明している。
もちろん、巨額の税金が投入される事業である以上、契約過程、再委託先、費用の内訳、実際の業務内容は厳しく検証されなければならない。
委託先に不透明な点があれば、政府には説明責任がある。
しかし、その検証は、映像を撮影するためだけの現地訪問や、「中抜き」「ダミー法人」という印象的な言葉を繰り返すことによって行われるものではない。
契約書、入札条件、支出明細、実際に行われた業務、他社の入札内容、処理された申請件数、給付までに要した日数など、具体的な資料によって判断されるべきものである。
野党が事実関係を把握しながら、あえて「疑惑」を演出したのだとすれば、その目的は不正を明らかにすることではなく、安倍政権に対する国民の不信感を高めることだったという批判を免れない。
結局、構図は「森友・加計問題」や「桜を見る会」をめぐる追及と同じだった。
政府が説明を重ねても、その説明の内容を検討しようとせず、「疑惑は深まるばかりだ」という言葉を繰り返す。
疑惑が存在するから調査するのではない。
疑惑があるという印象を維持すること自体が目的となる。
そして、NHKなどの主要メディアが、その政治的演出の背景を検証せず、野党が用意した映像と言葉を繰り返し放送する。
これによって、国民の中には、政府が事業を丸投げし、電通が不当に巨額の利益を得たという印象だけが残される。
政治家が疑惑を演出し、報道機関がそれを増幅し、国民の不信感を形成する。
この循環こそ、当時の日本政治と報道を覆っていた、深刻な情報操作の構造だったのである。
政府を監視することは、野党と報道機関の重要な責務である。
しかし、監視とは事実を調べることであって、結論を先に決め、その結論に合う映像と言葉だけを並べることではない。
サービスデザイン推進協議会と電通をめぐる問題で、本当に検証されなければならなかったのは、業務が適正に遂行されたのか、費用が合理的だったのか、給付金が迅速に届いたのかということである。
無人であると知っていた事務所のインターホンに向かって何度も呼びかける政治的演出ではない。
野党と主要メディアが「中抜き」という言葉を繰り返した一方で、政府が示した差額約20億円の内訳や、全国規模で行われた実際の業務を十分に伝えなかったのであれば、それは公正な検証とは呼べない。
政治的な印象操作である。
この稿続く。