崩壊した野党統一候補構想――山本太郎氏と宇都宮健児氏の競合、共産党を優先した立憲民主党、そして枝野幸男氏の変節

2020年東京都知事選挙で、立憲民主党は山本太郎氏を野党統一候補として擁立しようとしながら、共産党が宇都宮健児氏を支持すると方針を転換した。
その後、枝野幸男氏は「最初から山本氏の擁立は考えていなかった」と語ったと報じられ、国民民主党は宇都宮氏を「極左」として支持を拒否した。
山本氏と宇都宮氏の競合、野党共闘の崩壊、立憲民主党と国民民主党の合流協議の矛盾を記録する。


2020-07-10
崩壊した野党統一候補構想――山本太郎氏と宇都宮健児氏の競合、共産党を優先した立憲民主党、そして枝野幸男氏の変節
以下は前章の続きである。
本稿は、「安住閣下の舌は何枚?」と題して月刊誌『WiLL』に掲載された、ジャーナリスト氷川貴之氏の論文からである。
以下の引用部分は、2020年7月5日に投開票された東京都知事選挙の前に執筆された論文である。
したがって、文中には選挙結果を予測する表現が残されている。
2020年東京都知事選挙を前に、立憲民主党は、小池百合子東京都知事に対抗する野党統一候補を擁立しようとしていた。
当初は蓮舫氏の擁立が検討され、前川喜平元文部科学事務次官や東京新聞記者の望月衣塑子氏も候補として取り沙汰された。
しかし、いずれも実現しなかった。
立憲民主党の長妻昭氏は、その後、宇都宮健児氏を支持するか、山本太郎氏を野党統一候補として擁立するかという選択を、枝野幸男代表と福山哲郎幹事長に提示した。
氷川氏の記事によれば、枝野氏と福山氏は、一度は山本氏の擁立を選んだ。
しかし、山本氏側は、れいわ新選組公認、または消費税率5%への引き下げを野党各党が受け入れることを条件として提示した。
立憲民主党は消費税率5%を受け入れず、交渉は行き詰まった。
その一方で、宇都宮氏が出馬を表明すると、共産党は直ちに支持を決定した。
立憲民主党は、山本氏との政策協議を継続することより、共産党との関係を優先し、宇都宮氏への相乗りを決めた。
氷川氏の記事によれば、枝野氏はその後、「最初から山本氏の擁立など考えていなかった。宇都宮氏は最高の候補だ」と周囲に語ったという。
一度は山本氏の擁立を決めていながら、交渉が不調に終わると、最初から考えていなかったことにする。
これが事実であるならば、政治指導者としての言葉の信頼性が厳しく問われなければならない。
一方、国民民主党幹部は、宇都宮氏を「極左」と評し、支持できないとして自主投票を決めた。
立憲民主党と国民民主党は、国会閉会後の合流を模索していた。
しかし、東京都知事選挙の候補者一人についても政治理念と政策を一致させることができなかった。
その二党が、選挙で大きな勢力を作るという目的だけで合流しても、再び深刻な混乱を生むことは明らかだった。
さらに山本太郎氏は、立憲民主党などとの交渉が決裂した後、自ら東京都知事選挙への出馬を表明した。
その結果、宇都宮氏と山本氏は、同じ左派・反小池系の有権者を奪い合うことになった。
野党統一候補を作るはずだった政治勢力が、最終的には二人の候補を競合させ、小池氏の再選を助ける構図を自ら作り出したのである。
以下に掲載する内部事情や関係者発言は、氷川貴之氏の記事に記載された内容として記録する。
山本と宇都宮は共倒れも
山本太郎氏が率いるれいわ新選組は、資金難に陥っていた。
前年の参議院選挙で集めた約4億円の寄付も底をつき、何とかして資金を集めなければならなかった。
氷川氏は、山本氏にとって東京都知事選挙は、資金を集めるための格好の機会でもあったと論じている。
一方、山本氏には、立憲民主党や共産党などの既存政党に対する深い不信感があった。
自らの独自性を保つためには、既存政党に取り込まれたという印象を避ける必要があった。
それでも山本氏には、小池氏に勝てるという確信はなかった。
大差で敗れれば、山本氏自身の政治的な求心力が大きく低下する可能性がある。
そのため、出馬をためらっていたのだと氷川氏は記している。
5月25日、山本氏は、東京都内にある宇都宮氏の事務所を訪問し、直接会談に臨んだ。
山本氏は、自らが東京都知事選挙への出馬を検討していることを宇都宮氏に伝えるつもりだったとされる。
しかし、席に着くと、宇都宮氏の方から先に、東京都知事選挙へ出馬する決意を告げられた。
氷川氏によれば、山本氏は宇都宮氏の勢いに押され、自分の出馬について何も言い出すことができなかったという。
同日、宇都宮氏がTwitterで出馬を表明すると、共産党は直ちに宇都宮氏の支持を表明した。
この事態を受け、6月2日、枝野幸男氏、福山哲郎氏らは、東京都知事選挙への最終的な対応を決める会議を開いた。
そこで一致したのは、「共産党との関係を最優先にしよう」という一点だった。
立憲民主党は、出馬をためらい、政策条件を提示する山本氏を切り捨て、共産党が支持する宇都宮氏へ相乗りすることを決めた。
氷川氏の記事によれば、枝野氏は周囲に対して、次のように語ったという。
「最初から山本氏の擁立なんて考えていなかった。宇都宮氏は最高の候補だよ」
しかし、前章で明らかにされたように、枝野氏と福山氏は、それ以前の段階で「山本氏で行こう」と決断していたとされる。
その経緯が事実ならば、「最初から考えていなかった」という発言は、山本氏との交渉に失敗した後で自らの判断を正当化するための言葉だったことになる。
これに対し、国民民主党幹部は次のように語ったという。
「宇都宮氏のような極左に、うちは乗れない」
国民民主党は、東京都知事選挙を自主投票とすることを決めた。
立憲民主党と国民民主党は、通常国会閉会後、両党の合流に向けた協議を秘密裏に再開させていた。
2020年1月に一度失敗した両党の合流協議だったが、次の衆議院総選挙に備え、野党が大きな勢力にまとまるべきだという声が、両党内から再び出ていたためである。
しかし、東京都知事選挙の候補者についてさえ、理念と政策の違いによって足並みをそろえられない二党が、どのようにして一つの政党になることができるのか。
消費税政策、共産党との関係、安全保障、憲法、原子力政策など、両党の間には重要な政策上の違いが存在していた。
それを解決せず、選挙で議席を増やすためだけに合流すれば、それは政策理念に基づく政党再編ではない。
選挙のためだけの野合である。
そのような合流は、さらなる混乱と有権者の失望を生むだけだろう。
そして山本太郎氏は6月15日、国会内で記者会見を開き、東京都知事選挙への立候補を表明した。
山本氏は記者会見で、立憲民主党を次のように厳しく批判した。
「この局面で、消費税率5%への引き下げさえ決断できないのは致命的だ。人々の姿が見えているのか」
山本氏は、すべての東京都民への10万円給付、東京都内のすべての事業者への100万円支給などを公約として掲げた。
氷川氏は、これらを「ばらまきポピュリズム」と評している。
立憲民主党の参議院議員だった須藤元気氏は、Twitterで次のように発信した。
「立憲としては宇都宮氏支持ですが、個人的には山本氏を応援しています!」
須藤氏は、その後、立憲民主党を離党することになる。
党が宇都宮氏を支持する一方で、所属国会議員が山本氏を応援する。
野党統一候補を掲げながら、党内の統一さえ維持できない。
この状況に、立憲民主党幹部は危機感を募らせた。
氷川氏の記事では、立憲民主党幹部の次の言葉が紹介されている。
「これで宇都宮氏と山本氏が票を食い合うことになる。野党共闘は崩壊するし、小池氏に大差で敗れるのも確実だ」
結局、野党は、小池氏に対抗する統一候補を擁立することができなかった。
立憲民主党は共産党との関係を優先して宇都宮氏を支持した。
山本氏は、立憲民主党の消費税政策を批判して独自に出馬した。
国民民主党は宇都宮氏を支持できないとして自主投票を決めた。
立憲民主党所属の須藤氏は、党の方針に反して山本氏の支持を表明した。
野党各党は、小池氏と政策を競う前に、互いの足を引っ張り合う状態に陥ったのである。
氷川氏は、宇都宮氏と山本氏が、小池氏だけでなく、日本維新の会が推薦する元熊本県副知事の小野泰輔氏にも及ばなければ、立憲民主党と国民民主党への打撃は致命的になると予測していた。
この部分は、東京都知事選挙の投開票前に記された予測である。
しかし、選挙結果とは別に、候補者の一本化に失敗し、政策も理念も統一できなかった野党の混乱は明白だった。
この一連の経緯が示しているのは、当時の野党共闘が、共通する国家観や政策理念によって成立していたのではなかったということである。
小池氏を倒す。
安倍政権に打撃を与える。
次の衆議院選挙で議席を増やす。
そのような選挙上の目的が先にあり、そのために候補者と政党を組み合わせようとしていた。
だからこそ、消費税率5%という具体的な政策を山本氏が提示すると、共闘は成立しなかった。
共産党が宇都宮氏を支持すると、立憲民主党は、それまで進めていた山本氏擁立構想を簡単に捨てた。
国民民主党は、宇都宮氏の政治的立場を受け入れることができず、共闘から離脱した。
政策理念の異なる政党が、選挙のためだけに大きな塊を作ろうとしても、重要な局面では必ず矛盾が表面化する。
候補者の調整さえできない政党同士が、選挙後に安定した政権を作れるはずがない。
有権者が求めているのは、反対することだけを目的とした野党ではない。
東京都をどのように運営するのか。
日本経済をどのように成長させるのか。
外交と安全保障をどのように構築するのか。
税制と社会保障をどのように設計するのか。
それらの問いに、現実的で一貫した答えを示す政党である。
山本氏の擁立を決めながら、後になって「最初から考えていなかった」と語ったとされる枝野氏の言葉は、当時の立憲民主党の政治姿勢を象徴している。
政治家の発言が、その場その場で都合よく変われば、有権者の信頼を得ることはできない。
野党統一候補構想を崩壊させたのは、小池氏の強さだけではない。
政策より選挙戦術を優先し、共闘の目的と理念を共有できなかった野党自身だったのである。
この稿続く。

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