日本経済の供給力を守るという責任――Go Toキャンペーン論争と「元の木阿弥」を防ぐ政策
新型コロナウイルスの感染再拡大下で始まろうとしていたGo Toキャンペーンをめぐり、感染対策と経済活動の両立、観光・宿泊・サービス業の雇用、企業や熟練労働者の喪失、潜在成長率の低下という問題を論じた2020年7月17日の記録。
需要が回復した現在も、宿泊業をはじめとする深刻な人手不足が続いており、日本経済の供給力をいかに守り、高めるかという課題は残されている。
2020-07-17
本稿が発信された2020年7月17日、日本政府は、感染が再び拡大する中で、旅行需要を喚起する「Go Toトラベル事業」を同月22日に開始しようとしていた。
政府は観光関連産業からの切実な要望を理由として事業開始を決定する一方、感染状況を踏まえて東京発着の旅行を当面の対象外とした。
当時の議論は、感染を広げる危険を避けるべきだという立場と、観光、宿泊、交通、飲食などの事業と雇用を守るために経済を動かさなければならないという立場の間で激しく揺れていた。
本稿が引用した日本経済新聞の「大磯小磯」は、単に旅行代金を補助すべきかどうかを論じたものではない。
需要が消滅することによって企業が設備投資と雇用を削り、企業そのものが廃業し、熟練労働者と技術が失われれば、感染収束後に需要が戻っても、それを受け止める供給力が存在しなくなるという危険を指摘したものである。
この指摘は、6年後の現在から見ても重要である。
日本銀行は2026年、近年の経済構造の変化を踏まえて、需給ギャップと潜在成長率の推計方法を見直した。
2026年7月に公表された図表では、日本の潜在成長率は2025年時点でおおむね1%弱の水準にあるが、日本銀行自身が、潜在成長率の推計値は手法によって大きく異なり得るため、十分な幅を持って評価する必要があると注意を促している。
同時に日本銀行は、近年、労働供給の制約が強まり、労働投入量と労働市場の逼迫が、労働集約的な産業の経済活動に与える影響が大きくなっていると指摘している。
観光庁の宿泊業調査でも、清掃、宿泊、料飲、調理、宴会などの部門で人員の充足度が低く、時期を問わず常に人手不足である施設が約2割存在することが報告されている。
観光庁は2026年現在も、今後の観光需要の増加を見込みながら、宿泊業の人手不足対策を進めている。
2020年には、需要の消滅によって企業と雇用が失われることが恐れられた。
2026年には、需要が戻っても、それを支える働き手が足りないという問題が表面化している。
危機の形は変わった。
しかし、企業、設備、技術、熟練労働者を失えば、需要だけを回復させても経済活動は元に戻らないという本稿の核心は変わっていない。
以下は、「元の木阿弥か日本経済」と題して、2020年7月17日の日本経済新聞に掲載された「大磯小磯」からである。
【原文】
政府を批判して留飲を下げても、こと経済の深刻さに変わりはない。
観光、宿泊ばかりでなく、人の接触を伴うサービス業が行き詰まり、雇用が失われようとしている。
以下は、「元の木阿弥か日本経済」と題して、今日の日本経済新聞に掲載された「大磯小磯」からである。
新型コロナで急減した旅行消費の喚起を狙った「Go Toキャンペーン」。
折しもコロナが再拡大する局面に当たったこともあり、旅行でコロナの感染を広げかねない、との批判が目立っている。
政府を批判して留飲を下げても、こと経済の深刻さに変わりはない。
観光、宿泊ばかりでなく、人の接触を伴うサービス業が行き詰まり、雇用が失われようとしている。
年率0.13%。
2019年度下期について、日銀が推計した日本の潜在成長率である。
潜在成長率とは、人や設備など、持てる力をフルに発揮した際の経済の伸びである。
リーマン・ショック後にはマイナスに沈んでいた。
安倍晋三政権の下で女性や高齢者の働き手が増え、2014年度上期には1.06%まで回復した。
だが、次第に経済の勢いは鈍化した。
2020年度上期はコロナの直撃もあり、再びマイナスに陥ってしまった可能性が大きい。
人々はお互いの接触回避に努め、巣ごもり生活に入った。
人が触れ合うサービスは冷え込んだ。
こうした需要の低下は、それにとどまらず、供給の収縮を誘発している。
コロナの流行が長期化しつつある今、企業は設備投資を削減し、雇用を圧縮するほかない。
売り上げが立たず、赤字解消のめどが立たなければ、企業活動そのものも店じまいを余儀なくされる。
その結果、長年勤めてきた熟練労働者や、蓄積してきた技術が失われる。
となると、たとえ再び需要が回復したとしても、供給が伴わず、経済活動は低い水準にとどまってしまう。
潜在成長率がマイナスに陥るとは、そんな新常態だ。
政府が経済再開を急ぐのも、需要と供給がらせんを描いて落ち込む事態を食い止めたいからだろう。
ところが、Go Toキャンペーンが典型だが、そのメッセージはなかなか人々には伝わらない。
もちろん、オンラインでの会議や買い物などは、コロナ禍を機に加速している。
株式市場は、その美点を凝視したがる。
政策担当者がデジタルトランスフォーメーション――デジタル技術を使った変革――を掲げる気持ちもよく分かる。
だが、経済の基礎体力を示すのは、マイナスの潜在成長率だ。
コロナ前に戻れぬ中、雇用と企業活動に加わる下押し圧力を、どう食い止めるか。
マイナス成長の元の木阿弥は、防がないといけない。