川辺川ダム建設中止と令和2年7月豪雨――蒲島県政、民主党政権、球磨川治水政策の責任を問う
2008年9月、熊本県の蒲島郁夫知事は現行の川辺川ダム計画の白紙撤回を表明し、2009年9月には民主党・鳩山内閣の前原誠司国土交通相が建設中止を表明した。
その後、「ダムによらない治水」の抜本策が実現しないまま、2020年7月、球磨川流域は未曽有の豪雨災害に襲われた。
政治判断、治水対策、有権者の責任を問う。
2020-08-04
2020年7月3日から4日にかけて、熊本県南部を記録的な豪雨が襲った。
球磨川流域では大規模な氾濫が発生し、球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」をはじめ、人吉市、八代市などで甚大な人的・物的被害が生じた。
国土交通省の記録によれば、球磨川の浸水面積は約1,020ヘクタール、浸水戸数は約6,110戸に達した。
熊本県が後にまとめた被害状況では、県内の死者は65人、行方不明者は2人とされている。
本稿中に引用する「死者51人、行方不明11人」という数字は、引用元が書かれた時点での速報値である。
球磨川支流の川辺川では、国が1966年に治水を主な目的とする川辺川ダム計画を発表した。
しかし、長年にわたる反対運動を経て、2008年9月、蒲島郁夫熊本県知事は、「現行の川辺川ダム計画を白紙撤回し、ダムによらない治水対策を追求するべき」と表明した。
翌2009年9月、民主党・鳩山由紀夫内閣の前原誠司国土交通相は、川辺川ダムの建設中止を表明した。
その後、国、熊本県、流域市町村は、河道掘削、堤防のかさ上げ、遊水地の設置などを組み合わせた「ダムによらない治水」を検討した。
しかし、抜本的な治水対策が完成しないまま、2020年7月の豪雨災害を迎えた。
以下は、当時、本欄を読んでくださっていた方のブログに掲載されていた論考を紹介したものである。
私にとっても初見の事実が含まれていた。
多くの人々にとっても、初めて知る事実だっただろう。
非常に示唆に富む論考である。
【引用】
当時進行中だった熊本南部豪雨では、「暴れ川」と呼ばれる球磨川の11カ所で氾濫が発生し、堤防も1カ所で決壊した。
多数の犠牲者が出た特別養護老人ホーム「千寿園」のある球磨村や、人吉市などの流域では、当時の速報値で死者51人、行方不明者11人、約6,100戸の浸水被害が報告されていた。
人的被害、物的被害は、今後さらに大きくなるだろう。
球磨川では、1963年から1965年まで、3年連続で大水害が発生した。
1965年7月には、梅雨前線の停滞によって豪雨が降り続き、戦後最大の洪水が発生した。
人吉市では市街地の広範囲が浸水し、八代市でも堤防が決壊した。
流域では、家屋1,281戸が損壊または流失し、1万戸以上が浸水したと報道された。
国は1966年7月、治水を目的とする九州最大級の川辺川ダムを、球磨川の支流に建設する計画を発表した。
水没予定地となった熊本県五木村からは、約500世帯が移転した。
しかし、地元首長や住民らによる反対運動が広がった。
蒲島郁夫熊本県知事が2008年9月に現行計画への反対と白紙撤回を表明したのに続き、2009年9月には民主党の鳩山由紀夫内閣が誕生した。
国土交通相に就任した前原誠司と、国土交通副大臣となった辻元清美らの下で、川辺川ダムと八ッ場ダムの建設中止が打ち出された。
前原誠司は、嬉しくて、嬉しくて、調子づいたかのように声を弾ませ、川辺川ダムと八ッ場ダムの建設中止を明言した。
その後、国、熊本県、流域12市町村は、川辺川ダムに代わる治水策について協議した。
河道掘削、堤防のかさ上げ、遊水地の設置などを組み合わせた代替案も検討された。
しかし、概算事業費は2,800億円から1兆2,000億円に達し、工期も45年から200年を要するという、途方もない内容だった。
今回、球磨川の氾濫による甚大な被害が発生したにもかかわらず、蒲島熊本県知事は2020年7月5日、川辺川ダム中止の判断は県民の意向を反映したものであり、反対方針に変わりはないと強調した。
知事は、
「大きな被害に大変なショックを受けた」
としたうえで、
「ダムによらない治水を目指してきたが、費用が多額で実現できなかった」
「ダムによらない治水を極限まで検討する」
「それをさらに考える機会を与えられた」
という趣旨の発言をした。
引用元の筆者には、それが、まるで他人事のように聞こえたのである。
蒲島知事の前職は東京大学教授だった。
2008年に知事に当選し、2020年には4選を果たして、知事就任から13年目を迎えていた。
それにもかかわらず、「十年一日の如し」で、何の進歩もない。
引用元の筆者は、これを「学者バカの典型だろう」と厳しく批判している。
民主主義において、国会議員、都道府県議会議員、市町村議会議員、知事、市町村長を選ぶのは国民である。
良い結果であれ、悪い結果であれ、投票した有権者にも責任がある。
その判断は、やがてブーメランとなって自分たちに返ってくる。
今回の水害を、単なる天災として片付けるべきではない。
ダムに反対する一方、実効性のある代替策を完成させず、有効な対策を取らなかった政治と行政の責任も問われなければならない。
引用元の筆者は、その意味で、この災害には人災の側面もあると指摘している。
群馬県の八ッ場ダムについても、民主党政権の前原国土交通相が一時、工事の中止を表明した。
その後、野田佳彦内閣が建設再開を決定し、政権交代後の自民党政権下で工事が進められ、完成した。
八ッ場ダムは、試験湛水中だった2019年10月の令和元年東日本台風、台風第19号において大量の洪水を貯留した。
その後の分析では、八ッ場ダムを含む利根川上流ダム群が八斗島地点の水位を低下させ、そのうち八ッ場ダムには最大約0.6メートルの水位低減効果があったと推定されている。
【引用終わり】
【事実確認上の補足】
八ッ場ダムは利根川水系吾妻川に建設されたダムである。
したがって、「八ッ場ダムによって荒川や隅田川の氾濫が防がれた」と直接結び付けるのは正確ではない。
確認されているのは、利根川水系における洪水調節効果であり、利根川上流の八斗島地点では、八ッ場ダム単独で最大約0.6メートルの水位低減効果があったとする研究結果である。
隅田川への荒川洪水の流入を防ぐ役割は、岩淵水門が担っている。
一方、川辺川ダムをめぐっては、2008年9月に蒲島知事が現行計画の白紙撤回を表明し、2009年9月に前原国土交通相が中止を表明したという経緯は、国土交通省の公式記録でも確認できる。
また、2020年7月豪雨後の同年11月、蒲島知事は従来の立場を転換し、「緑の流域治水」の一環として、新たな流水型ダムを国に求める方針を表明した。
【結び】
河川の治水政策は、ダムを造るか造らないかという単純な二者択一だけで決められるものではない。
ダムに反対するのであれば、同等以上の効果を持つ代替策を、必要な期限までに実現しなければならない。
河道掘削、堤防強化、遊水地、森林整備、避難体制などを組み合わせるにしても、それが計画書の上に存在するだけでは、人命を守ることはできない。
2008年に川辺川ダムの現行計画を白紙撤回し、2009年に国が建設中止を表明してから、2020年7月豪雨まで、約11年の歳月があった。
その間に、「ダムによらない治水」は、どこまで実現されたのか。
なぜ、抜本的な対策を完成させることができなかったのか。
誰が、その遅れに責任を負うのか。
政治家や行政だけでなく、その政治家を選び、政策を支持した有権者にも、検証する責任がある。
災害が起きた後に「想定外だった」と繰り返すだけでは、同じ悲劇は防げない。
人命を守る治水政策に必要なのは、理念や掛け声ではない。