ラス・カサスの告発書はいかに世界的な宣伝戦へ転用されたか――松倉勝家、スペインの「黒い伝説」から米西戦争へ
ラス・カサスによるスペインの新大陸統治への告発は、各国語への翻訳と残虐な銅版画を伴い、スペインを攻撃する国際的な宣伝戦へと利用された。
髙山正之氏と大高未貴氏が、松倉勝家の圧政、オランダの出版文化、スペインの「黒い伝説」、『ザ・レイプ・オブ・南京』、米西戦争へと連なる情報戦の系譜を論じる。
2020-08-05
背景
本章は、ラス・カサスによるスペイン人の残虐行為への告発が、その後、スペインと競合するヨーロッパ諸国によって国際的な宣伝戦の武器として利用されていった過程を論じたものである。
髙山正之氏と大高未貴氏は、ラス・カサスの著作に描かれた残虐行為がオランダへ伝わり、日本における松倉勝家の圧政をめぐる話にも混ぜ込まれた可能性を指摘する。
さらに、アムステルダムの出版文化、各国語への翻訳、残酷な銅版画、スペインに対する「黒い伝説」、そして米西戦争に至る政治、ジャーナリズム、出版界による宣伝の構造を論じている。
なお、先住民人口の具体的な推計値には研究上大きな幅があるが、以下では対談中の発言を原文に忠実に掲載する。
ラス・カサス本による宣伝戦略
大高 黒を白と、白を黒と言い換えて宣伝戦を繰り広げていく。
髙山 スペインは新大陸に来ると、男は奴隷として酷使して最終的に殺した。
妊娠している女性と赤ん坊も殺し、処女は慰み者にした。
例えば、今のメキシコでは人口の1割が白人で、6割がその処女に産ませた混血児で、残りが森に逃げたマヤ族ら原住民になっている。
大高 その混血が「メスティーソ」と言われる人たちですね。
まさに中国がウイグルに対して同様のことをしてきました。
髙山 そう。
いわば民族淘汰だ。
ユダヤ人もカナンの地に入ったとき、ミディアンびとに対し同じことをしている。
男をすべて殺し、女は神ヤハウェから兵士に下された贈り物だ、好きにしていいとモーゼが言っている。
大高 スペイン人もそのやり方に倣った。
髙山 ラス・カサスは、このスペイン人の民族淘汰を誇大・誇張して報告した。
手足を縛った人間を藁にくくりつけて、火をつけて燃やした、とか。
インディオの女が抱いていた赤ん坊を取り上げ、手足をナイフで切って、腹をすかせた猟犬に投げ与えた、とか。
似たような話が、肥前島原藩第2代藩主、松倉勝家(まつくらかついえ)が、年貢を納めなかった百姓の蓑に火をつけた話として伝わる。
大高 松倉は圧政のかどにより斬首されています。
髙山 悪政に間違いないだろうけど、こういう残虐さはラス・カサス本でオランダに伝わっていた。
キリスト教を追い出した日本の悪口話に、ラス・カサスの話を混ぜ込んだのだと思う。
むしろ、極東にまでラス・カサスの話が伝わっていた事実の方がすごい。
それは、レコンキスタでイベリア半島を取り返したスペイン人が、イスラムと協力して金持ちになっていたユダヤ人に目を付けたことから始まった。
スペイン人は、金持ちユダヤ人を片端から異端審問にかけて火あぶりにし、その財産を奪った。
ドミニコ修道会の審問官トルケマーダは、8000人を火あぶりにしている。
そして、多くのユダヤ人が、オランダのアムステルダムに逃げてきた。
当時のアムステルダムは活版印刷のメッカだった。
彼らはそこでラス・カサスの本を各国語に翻訳し、ベストセラーになった。
「スペイン人は唾棄すべき残忍な国民だ」と、世界中から詰(なじ)られた。
大高 ヨーロッパ諸国のプロパガンダ戦略だったわけですね。
髙山 残酷な処刑方法を描いた銅版画まで作って、挿絵にしている。
大高 それを真似たのが、『ザ・レイプ・オブ・南京』、アイリス・チャンだ(笑)。
髙山 その通り。
自国民の悪辣非道ぶりを喧伝されたら、落ち込むのが当たり前だ。
欧米は、こういった大々的なプロパガンダ戦略を300年、400年と続けて、スペインを衰退させた。
だから、今でも無気力で、かつての栄光など見る影もない。
目下もコロナウイルスで疲弊し、行けばスリしかいないと言われる国に堕してしまった。
大高 コロナウイルスで、マリア・テレサ王女まで亡くなってしまいました。
髙山 輝かしい大帝国がここまで落ちぶれてしまったのは、ラス・カサスの報告書を利用した宣伝戦に敗れたからだ。
大高 アメリカだってネイティブ・アメリカンを虐殺しているのに。
髙山 ホントだ。
当時、約1300万人いたが、結局、30万人しか残らなかった。
ヒトラー以上の大虐殺だよ。
でも、原住民に対する残虐行為と言えば、「スペイン」「コルテス」「ピサロ」となるくらい印象づけられている。
大高 その大元がラス・カサス!
髙山 アメリカでも19世紀末に英訳され、色刷りされ、銅版画まで挿入されたものが売れた。
スペインはひどい国だとなって、キューバでも同様のことをしていると新聞が書き立て、米西戦争の宣戦布告につながった。
政治、ジャーナリズム、出版界がスクラムを組んでスペインをやっつけ、結果的に、アメリカはキューバを軍事占領下に置き、プエルトリコ、グアム、フィリピンを領有することになった。