リニア中央新幹線と川勝静岡県政――国家的大事業の遅延、中国との高速鉄道競争、そして大井川水資源問題を問う
リニア中央新幹線の南アルプストンネル静岡工区をめぐり、大井川の水資源問題を理由として着工に慎重な姿勢を続けた川勝平太・当時の静岡県知事を厳しく論評した文章。日本のリニア開業遅延と中国の高速鉄道開発競争との関係にも着目し、国家的大事業に対する政治の責任を問う。
2020年8月10日
リニア中央新幹線は、単なる一企業の鉄道事業ではない。
日本が長年蓄積してきた超電導リニア技術を実用化し、東京・名古屋・大阪という日本の三大都市圏を結び直そうとする、国家的規模の大事業である。
その南アルプストンネル静岡工区をめぐって、川勝平太・当時の静岡県知事は、大井川の水資源や南アルプスの環境への影響を理由として、JR東海に対して極めて慎重な姿勢を取り続けていた。
この問題については、2020年4月から国土交通省も有識者会議を設置し、静岡県とJR東海の議論を科学的・工学的に検証していた。
したがって、大井川の水資源問題そのものが存在しなかった、と私はここで言おうとしているのではない。
私が強く疑問を呈したのは、その問題の扱われ方と、そのために日本の国家的事業全体が長期間停滞することの妥当性である。
当時の私は、川勝氏が環境問題を必要以上に前面に押し出し、リニア中央新幹線の建設を執拗に遅らせようとしているように見えた。
水源が枯れるのではないかという懸念が強調される一方、大井川水系をめぐる問題について、工学的対策によってどこまで回避できるのかという議論も同時に行われていた。
その科学的検証を続けることは当然である。
しかし、環境保全という言葉そのものが、国家的大事業を無期限に停止させるための絶対的な言葉になってはならない。
私は当時、インターネット上で川勝氏と中国との交流や、氏が長く日中交流を重視してきた経歴について知った。
そして、同じ時期に中国も高速鉄道・磁気浮上鉄道の技術開発を進め、日本を追い上げようとしているという状況を重ね合わせた。
そこから私は、一つの強い疑念を抱いたのである。
日本のリニア中央新幹線の完成が遅れれば遅れるほど、高速鉄道技術をめぐる国際競争において中国側に時間的利益が生じるのではないか。
日本が先行して実用化を完成させるのか、それとも、その間に他国が技術的な差を縮めてくるのか。
これは単なる静岡県内の水問題ではなく、日本の技術力と国際競争力にも関わる問題ではないのか。
原文で私はさらに踏み込み、「川勝氏による着工遅延は中国からの指令ではないか」「中国側に何らかの弱みを握られているのではないか」とまで書いた。
ここは、2020年8月10日時点における私の強い疑念・推測として明確にしておく。
私は、それを事実として証明する資料を提示したわけではない。
しかし、日本の国家的利益に重大な影響を与える政治判断について、その結果として誰が利益を得るのかを考えることは必要である。
私は、川勝氏のリニアに対する姿勢が、中国との高速鉄道競争という国際的な視点からほとんど論じられないことに、大きな違和感を持ったのである。
さらに私は、川勝氏が「良識」や「環境保全」を掲げながら、実際には日本の国家的プロジェクトの前進を阻害しているのではないか、と強く批判した。
環境を守ることと、技術開発を止めることは同じではない。
水資源を守ることと、日本の大動脈となる交通基盤の建設を際限なく延期することも同じではない。
必要なのは、科学によってリスクを把握し、対策を講じ、その上で前へ進むことである。
そして私は静岡県民にも問いかけた。
静岡県は、日本史において極めて重要な土地である。
徳川家康は駿府を愛し、そこに城を構え、晩年を過ごした。
家康は長い戦乱の時代を終わらせ、日本に長期の安定をもたらす政治的基盤を築いた人物である。
その静岡県が、21世紀の日本を支える国家的大事業に対してどのような役割を果たすのか。
静岡県だけの問題として考えてよいものなのか。
日本全体の将来、産業、交通、技術、安全保障、国際競争という視点から判断すべき問題ではないのか。
私が2020年8月10日に発した批判の核心は、そこにある。
リニア中央新幹線の完成が遅れることによって、日本が失うものは何か。
そして、その遅延によって利益を得る国はどこなのか。
国家的大事業をめぐる政治判断については、その二つの問いを決して忘れてはならない。