「日中国交正常化」は誤りだった――中嶋嶺雄が問う1971年の中国代表権問題、台湾を擁護しなかった日本、そして戦後国際社会の重大なミステイク

国際教養大学学長・中嶋嶺雄氏の論文「『日中国交正常化』は誤りだった」から。中嶋氏は、米中接近、1971年の国連における中国代表権問題、アルバニア決議、台湾(中華民国)の国連離脱、日本外交の対応を振り返り、そこに戦後国際社会の重大な誤りがあったと論じる。

2020年8月12日
以下は、「『日中国交正常化』は誤りだった」と題して、月刊誌『Hanada』セレクションに掲載された、国際教養大学学長・中嶋嶺雄氏の論文からである。
【『WiLL』(花田紀凱責任編集)2012年10月号】
日本国民のみならず、世界中の人たちが必読の論文である。
【国際社会の大きなミステイク】
第二次世界大戦の終結は、本来、世界平和をもたらすはずだったのに、グローバル化の時代といわれる今日にいたるまで、現実の世界には戦争や紛争が絶えることなく起こっている。
戦後のアジアにおいては朝鮮戦争やヴェトナム戦争の深刻な悲劇をもたらし、ヨーロッパにおいては東欧の悲惨やベルリンの壁に象徴された東西分裂を招来したばかりか、現在でも世界のいたるところで紛争が続いている。
戦後世界の到来が世界に平和と安定をもたらしたのでないことは、最近の中東情勢を見ただけでも明らかであろう。
まさに、サミュエル・ハンティントン教授が90年代初頭に『フォーリン・アフェアーズ』誌1993年夏号で予測し、国際論壇で大きな話題になったように、21世紀はまさに「文明の衝突」の時代になっているといえよう。
ハンティントンはその際、「儒教―イスラム・コネクション」(The Confucian-Islamic Connection)という言葉を用いて、独裁的な儒教国家、すなわち北朝鮮や中国と、それに結びつくイスラム原理主義国家、リビア、イラク、シリア、パキスタンなどが世界の平和を脅かす問題国家であろうと示唆していた。
まさに慧眼であった。
このような国際社会の激動のなかで、戦後世界に巨大な鉱脈のように存在してきた米ソの冷戦構造と、そのなかで1960年代から80年代まで続いた社会主義陣営内部の深刻な抗争としての中ソ対立は、国際政治の現実に実に大きなインパクトを与え続けてきた。
米ニクソン政権下で1971年7月に実現した、キッシンジャー補佐官の北京隠密訪問と、翌72年2月のニクソン米大統領の訪中は全世界に衝撃を与え、いわゆる米中接近をもたらしたが、今日の時点で冷静に振り返ると、それはソ連と激しく対立していた中国のきわめて巧みな外交選択によって実現したものであった。
その代わり中国内部では、実に深刻な党内闘争・権力闘争が起こり、その結末が林彪異変だと私はみなしている。
アメリカにとっては、スターウォーズともいわれたように、米ソ間の戦略兵器バランスが深刻化しつつあり、戦略兵器制限交渉(SALT)も順調にはかどらず、まさに「敵の敵は味方」という価値意識を米中両国が共有したからでもあった。
しかし、中国が国際社会で正統な存在感を得たのは、まさに米中接近の前年、1971年秋の国連総会で中国(中華人民共和国)を国連加盟国とし、台湾(中華民国)を国連から追放するというアルバニア決議案が多数で可決されたからにほかならない。
しかし、ここにこそ、国際社会が犯した重大な誤りがあったといわなければならない。
【台湾を擁護しなかった日本】
まず、当時のアルバニアという国の実情と位置を振り返ってみよう。
アルバニアは東欧の小国であるが、共産党(アルバニア労働党)の一党独裁体制下にあり、独裁者エンベル・ホッジャの圧政が国を覆っていて、すべての宗教が禁じられていた。
しかも、アルバニア労働党は1960年代初頭に始まった中ソ論争では、毛沢東信奉者のホッジャ第一書記の指導で常に中国共産党の「手先」のような役割を演じ、当時のソ連を敵視し、隣国ユーゴスラヴィアの社会主義を「修正主義」として攻撃していた。
東欧の民主化による社会主義体制崩壊後は経済の混乱が著しく、国民はいまも疲弊のなかで苦しんでいる。
そのアルバニアを中国は一貫して支援し、国際共産主義運動での多数派工作に利用したばかりか、非同盟諸国を中心とする国連での多数派工作にも最大限に活用してきたのであった。
このようなアルバニアに、中国を国連に加盟させ、5大国としての常任理事国の席を与える決議案の上程者としての資質があるのかが問われるべきであったが、世界情勢の大きな変動期にあった当時の国際社会は、そうした判断力を失していた。
のみならず、いかに蒋介石・蒋経国独裁体制の国家であったとはいえ、第二次世界大戦の戦勝国であり、国連の創設メンバーとして常任理事国の一員であった台湾(中華民国)を、あのような形で国連から追放するというアルバニア決議案が、当時の国連加盟国131カ国の過半数を上回る多数で可決されたところに、大きな誤りがあったといわなければならない。
アメリカは台湾を加盟国に残すための「二重代表制決議案」を用意はしていたものの、アルバニア決議案の可決によって採決にはいたらなかった。
日本は国連加盟国の一員であるばかりか、台湾とは国連のどの加盟国に比しても深い関係にあり、しかも台湾とは正式な外交関係を持っていたにもかかわらず、台湾を擁護する活動には一切、加わらなかった。
こうして、当時の台湾の政権、つまり中華民国政府も、国連からの自主的な脱退を余儀なくされたのであった。
当時の台湾は、中華民国が全中国を統治し代表するという虚構に依っていたのであり、やがて「中華民国の台湾化」を明示した1980年代末の李登輝元総統の出現などは予測不可能であったところに、当然、問題が残っていた。
その結果、全世界的視野では確固たる中級国家としての地位にあり、政治も経済も外交も軍事も、そして教育も、どの面から見ても紛れもない国家であるばかりか、民主化という点でも、今日では中国大陸の民衆も羨む民主主義の国家が、2300万人の成熟した国民を擁しながら、国際社会では正当性の根拠が薄い実態として存在しているのである。
そして、このような大きな過ちの一端を、日本外交もこれまで担ってきているのである。
この稿続く。

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