南北分断と朝鮮戦争の悲劇――宮脇淳子が論じる指導者の資質、同胞間の殺戮、そして日本統治の遺産の破壊

東洋史学者・宮脇淳子氏の著作から、第二次世界大戦後の朝鮮半島の南北分断、李承晩と金日成、朝鮮戦争勃発の経緯、韓国国内の混乱と同胞間の殺戮、李承晩ライン、竹島占拠、そして戦争によって破壊された日本統治時代の近代化遺産について論じた章を紹介する。朝鮮半島の戦後史を、イデオロギーではなく歴史的事実から検証する。

2020年8月22日
以下は、世界有数の東洋史学者の一人である宮脇淳子氏の著作から引用したものである。
本章が扱っているのは、1945年以降の朝鮮半島の南北分断から朝鮮戦争に至る過程、李承晩と金日成という南北両指導者、戦争中に生じた韓国人同士の殺戮、そして朝鮮戦争によって破壊された日本統治時代の近代化の遺産である。
朝鮮半島の近現代史を理解する上で、極めて重要な論点を含む章として、原文をここに再掲する。
本文
世界有数の東洋史学者の一人である宮脇淳子さんの著作である。
彼女の存在を教えてくれたのは、戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである高山正之である。
彼女のご主人であった故・岡田英弘氏は世界最高峰の歴史学者であると、朝日新聞が決して、その存在を知らせなかった碩学古田博司大教授は何度も言及している。
私は宮脇淳子さんは世界有数に幸福な人生を歩んでいる人だとも思う。
その慧眼については言うまでもない。
米国の歴史学会を支配している韓国のエージェント以外の何者でもないアレクシス・ダデンや、終戦直後の日本で日本女性を好きにもて遊びながら、反日学者の一人として名を売っているジョン・ダワー達は、彼女の爪の垢を煎じて飲まなければならない。
明確、明晰な文章、その結果として極めて読みやすい事も、彼女が超一級の学者である事を証明している。
この本は、日本国民のみならず世界中の人たちが必読である。
日本国民は、今すぐに最寄りの書店なりアマゾン等で購読しなければならない。
これだけの、本物の学者の学問的業績が満載された本が、たったの900円なのだから、猶更である。

8章 南北に分断された朝鮮半島の悲劇
南北分断占領は悲劇だったが、指導者の資質にも問題があった 
戦後の朝鮮半島における悲劇は、北をソ連、南をアメリカによって分断占領されたことからはじまりますが、南北それぞれの指導者の資質にも大きな問題がありました。
李承晩大統領は「北進統一」と言い、金日成主席は「国土完璧」と言う。
南北どちらの憲法でも相手の国はないことになっている。
こうなると、朝鮮戦争が起こるのは必然です。 
1950年6月25日に戦車を先頭に北朝鮮軍が怒濤のように38度線を越えて進軍しました。
日本では長い間、朝鮮戦争は南が仕掛けたと教科書にまで書かれていましたが、これは当時の日本では左派勢力が圧倒的に強く、社会主義はすべて善で、資本主義は人民を搾取する悪の勢力という図式がまかりとおっていたからです。
極端な例で言えば、ソ連の核はきれいで、アメリカの核はきたないとまで言われていたのです。
いかにイデオロギーが真実を捻じ曲げるかという好例です。 
金日成がなぜ南を武力統一できると考えたかというと、前にも述べましたが、北は農業の適地ではなかったことと、鉱物資源には恵まれていたので、日本が北に工業地帯を開発したからです。
工場を動かす電力を供給するため、当時では世界最大級のダムを北に建設しています。
いまでも北朝鮮が稼働させている水豊ダムです。
地上の楽園ではなかったにしろ、南よりも北のほうが近代化が進んでいました。
それが金日成が南に侵攻した理由だったのです。
朝鮮戦争のさなかに韓国人同士が殺し合った 
緒戦は北朝鮮の圧勝でした。
韓国軍は総崩れになって後退します。
李承晩大統領は漢江の橋を爆破して、部下を見捨てて自分だけ釜山に逃げます。
国連軍司令官マッカーサーの仁川上陸作戦が成功し、戦局は一変して国連軍が優勢になります。
そこで李承晩はソウルに戻りますが、彼がその次にやったことがすごいのです。 
1951年、江華島良民虐殺事件が起こりました。
江華島北朝鮮軍に一時占領支配されていましたが、そのときに北を支援したという理由で島民を虐殺したのです。
さらに国民防衛軍幹部の物資横領で、9万人の韓国軍兵士を朝鮮戦争の最中に餓死させています。 
その理由は、李承晩が日本嫌いだったからとしか言えません。
日本の陸軍士官学校出の将軍が嫌いで、日本の訓練を受けた部隊は嫌いで、日本の息がかかったものはすべて気に入らなかったからです。 
朝鮮戦争のさなかに同じ韓国人同士が内紛を起こして殺し合っているのです。
敵と戦わなければならないときに、仲間うちの争いが同時に起こるのは、朝鮮半島の歴史のなかで何度も繰り返されたパターンです。
在日韓国人のある作家が、自国の歴史は国家存亡の危機のさなかに内輪もめをする歴史だと悔しがっていたことを思い出します。
*今の日本の野党の政治屋達の中には彼らのDNAを受け継いでいる者達が多い事を想起させる* 
1952年になると、一月に李承晩ラインを勝手に宣言して、日本漁船の拿捕、日本人漁民の殺傷、抑留が頻発します。
そして、1953年4月には、韓国が竹島を占拠します。
どさくさまぎれに自分の利益を見境なく追求するのも、しばしば朝鮮半島に見られる現象です。
彼らにとっては火事場泥棒は当たり前なのです。 
朝鮮戦争は、1953年7月に停戦協定がまとまりますが、これはアメリカが停戦協定に署名しただけで、韓国は承認していません。
韓国の要人が署名していないのです。
大韓民国は国家としての役割を果たしていません。
自国の戦争なのに他人ごとで、主体性がまったくない。
だから、北は主体思想を持ち出して、南の韓国をばかにするのです。 
そして、1954年には、李承晩大統領が、憲法では大統領は三選できないという規定を撤廃するために改憲案を提出します。
これが有名な「四捨五入改憲」です。
投票では一票足りなかったにもかかわらず、四捨五入したら賛成多数だとして三選を可能にしてしまったからです。
法律はいかようにも解釈できるとする彼らの法治のいいかげんさをよく表す事件です。
日本統治の遺産をすべて焼き尽くした朝鮮戦争 
朝鮮戦争は本当に悲惨な戦争でした。
韓国軍の死亡、負傷、行方不明者は99万人。
北朝鮮を合わせると死亡、負傷、行方不明者は191万人に上ります。米軍だけでも15万人、中国軍は90万人。
すべてを合わせると軍人だけで死亡、負傷、行方不明者は300万人、民間人は200万人です。
日本がシナ大陸を侵略したと言われる15年戦争(実際はまったく違いますが)と同じレベルです。
朝鮮戦争のたった3年間で、日本の15年におよぶ戦争と同じ程度の犠牲者が出ているのです。
軍事技術が飛躍的に進んでいたことを割り引いても、驚くべき数字です。 
戦争による破壊によって、南だけで工場、建物の44%、機械施設は42%、発電設備の80%が被害を受けました。
せっかく日本の統治時代に近代化を実現していたのに、その遺産が灰燼に帰してしまったのです。 
当時の南北朝鮮の人口は2500万人。戸数は500万戸です。
全戸数の8割において1名の被害者が出たという割合で、北から100万人が南へ逃げました。
離散家族人口は1000万人におよんだと言われます。 
北朝鮮軍によって慶尚南道まで追いつめられた李承晩の政府は、公平できちんとした規範にもとづく徴兵制度を持たず、貧しい村の子弟を手当たりしだい引っ張っていって戦場に送り込みました。 
日本はそんなことはしていません。
日本の徴兵制度はきちんと機能していました。
朝鮮半島での徴兵は戦争末期になってからですし、愛国心にあふれた現地の人たちの志願もあってのことです。
徴兵してくれないのは日本人並みに扱ってもらっていないと韓国人は逆に怒っていたほどです。 
満洲でも殺戮がひどくなるのは日本が敗けたあとです。
中国人同士の国共内戦で、国民党軍と共産党軍が町の取り合いをしながら虐殺を重ねた。
このために満洲はめちゃくちゃに破壊されたのです。 
朝鮮は中国よりもっと悲惨でした。
朝鮮の国土が荒廃したのは、朝鮮戦争が原因であって、日韓併合で荒廃したわけではないのです。
米ソという二大国の対立に巻き込まれたとはいえ、彼らは自らが招いた戦争の悲劇の責任の持っていき場を失って、日本統治に投影して日本を非難することで自らを納得させているのです。
その後、南の大韓民国は朴正熈大統領の時代に飛躍的な経済発展を遂げますが、それも日本の援助があってのことです。
朝鮮半島は、近隣の大国が隆盛になる過程で、そのおこぼれにあずかる形でしか発展することはないというのも、半島の歴史の法則のひとつです。



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