朝日と河野洋平は「同じ穴の狢」――河野談話と慰安婦報道の責任を問う
2019/10/29
以下は、別冊正論に、**朝日と河野洋平は’同じ穴の狢’**と題して掲載された阿比留瑠比氏の論文からである。
あいも変わらず、朝日新聞と河野洋平元衆院議長の蜜月というか馴れ合い、もたれ合いは続いているなー。
三月五日付朝日朝刊に掲載された国分高史編集委員による河野氏の大型インタビューを読んでの感想である。
テーマは「政治改革のつまずき」というものだったが、案の定、内容は途中から河野氏の独りよがりな自慢話へと流れる。
自分たちが担いだ社会党出身の村山富市元首相を称賛し、こう述べていた。
「村山さんは純粋で使命感を持つ特別な人でした。あの場面で首相に担いだのは本当によかった。後の政府の歴史認識の基本となった戦後50年談話も出せました」
戦後50年談話とは、日本による植民地支配と侵略に痛切な反省と心からのお詫びを表明した「村山首相談話」のことである。
社会党左派の首相が自らのイデオロギー色を濃厚に反映した一方、語句の対象は曖昧で何を指しているかもよく分からない談話だった。
この意味不明の談話がその後、日本外交の手足を縛り、中国や韓国などに外交カードとして利用されてきたのは事実だろう。
だが、それも安倍晋三首相による明確なメッセージ「戦後70年談話」で上書きされ、今はほぼ無効化されたといえる。
にもかかわらず、河野氏が村山談話を持ち出すのは、実はこれが自らの手柄だと考えているからだろう。
河野氏は平成21年7月29日付朝日朝刊でこう告白していた。
「村山・河野・武村(正義・新党さきがけ代表)の三者が手を握り、戦後50年の村山首相談話を作った」
村山氏や河野氏は、この談話によって日中・日韓関係が良くなったと盛んに自賛してきたが、それは全く事実とは異なる。
実際は中韓が談話を根拠に、歴史問題に関してより高圧的になっただけだといえる。
時代錯誤の防衛論
話を今回のインタビューに戻すと、朝日の国分氏が「穏健なハ卜派は自民党から消えてしまったのでしょうか」と尋ねたのに対し、河野氏は安倍首相に言及してこう答えている。
「例えば安倍さんはずっと憲法改正にこだわっている。平成以降、自民党のほとんどの首相が国会演説で改憲に触れなくても党内から少しも不満は出なかった。改憲勢力が党内にずっといるのは間違いないが、安倍さんがあんなに力んで改憲を言うのは驚くべきことです」
まるで安倍首相が憲法改正を唱えるのは自民党の歴史上、異質な行為であり、党内の改憲勢力は少数派だと言わんばかりだが、本当にそうだろうか。
自民党は昭和30年の結党以来、憲法の自主的改正を「党の使命」として掲げてきたではないか。
むしろ、河野氏のようなガチガチの護憲派が自民党に入り、あろうことか総裁まで務めたことの方が異常事態なのである。
党の使命を果たそうとしているのは安倍首相であり、使命を無視してきた河野氏が胸を張る姿も、その言葉を喜々として伝える朝日も滑稽でグロテスクだと感じる。
インタビューで河野氏は、次のように時代錯誤の防衛論も語っている。
「いまの国会審議で一番気がかりなのは急激に積み上げられた防衛予算です。専守防衛という憲法の精神にもとづいて、日本がこれまで持ってこなかった空母まがいの船を持つという。(中略)平成の30年間、水際でかろうじて食い止めてきたものが、次の世代で大変なことになる可能性もなきにしもあらず」
現在の日本を取り巻く安全保障環境が、これまでになく厳しいという現実は全く見えないのだろう。
親中派の代表格とされ、北朝鮮にも宥和的な河野氏が両国の急速な軍備増強に目をつむり、日本の防衛費だけ監視している問に、極東情勢がどうなったか全く自覚していないとしか思えない。
それどころか、米国と同盟を結ぶ韓国ですら全く信用できず、中朝側の陣営に入ろうとしているのが現状である。
河野氏の論理は、日本さえおとなしくしていれば世界は平和だということになる。
憲法前文とも通底するが、河野氏は日本を中心に世界は回るという一種の「天動説」を信じているのかもしれない。
そしてこんな稚拙な意見を、朝日がさも良識ある大物政治家の重みのある言葉であるかのように世間に振りまく。
そして河野氏は自身の主張が広まることを喜ぶという構図である。
河野氏と朝日、互いに補い合う共棲関係にあるかのような連携プレーである。
もっとも他紙の先輩政治記者によると、河野氏は自民党総裁時代、毎朝のように迎えの車の中で朝日の社説を読み、その日のあいさつや演説で引用していたという。
朝日の主筆を務めた故若宮啓文氏が河野氏のアドバイザーだったことも有名な話である。
朝日にとって河野氏は、自説を伝えるのに使い勝手のいい都合のいい政治家でもあるのだろう。
なぜか慰安婦問題に言及なし
さて、このインタビューではなぜか全く言及されていないが、河野氏といえば、何といっても慰安婦募集の強制性を認めた平成5年8月の「河野官房長官談話」である。
証拠資料も日本側の証言者も一切ないまま強制性を認め、世界に「日本政府が公式に慰安婦強制連行を認めた」との誤解・曲解を広めたこの談話をめぐっても、朝日と河野氏は「共犯関係」にある。
とにかく何でも日本が悪かった史観を貫く朝日は、慰安婦問題でも職業的詐話師である故吉田清治氏の「朝鮮半島で女性を強制連行して慰安婦にした」という虚言を執拗に記事にし、世界に「性奴隷の国、日本」だとのイメージを広めてきた。
強制連行説に関しては、現代史家の秦郁彦氏をはじめ多くの識者から事実ではないのではないかと疑問の声が出されるようになり、朝日は守勢に立たされる。
その際に拠り所にしたのが河野氏であり、政府の公式見解としての河野談話だった。
朝日は4年1月12日付社説「歴史から目をそむけまい」では、「『挺身隊』の名で勧誘または強制連行され……」と強制連行を事実として断定していたのに、河野談話が出る5ヵ月前の5年3月20日付の社説「日本の道義が試されている」では、強制連行説の旗色が悪くなってきたため、さりげなく強制連行はあったのだろうという推測に後退させている。
そして9年3月31日付社説「歴史から目をそらすまい」では、強制連行の有無は問題ではないと論点をすり替えた。
一方で、同日の紙面には河野氏のインタビュー記事が1面に、こんな見出しで掲載されていた。
「従軍慰安婦問題 強制性の認定は正当」「93年談話巡り河野元官房長官」「証言も重視し総合判断」
また、16面には河野氏インタビューの詳報を「被害者でなければ語り得ない証言」「まず事実認め教育方法は別に議論を」との見出しで載せていた。
朝日は、河野談話を発表した河野氏の証言を用いて自己正当化を図ったわけだが、それでは肝心の河野証言の中身はどうだったか。
河野氏はインタビューで、強制連行を示す文書はなかったと認めた上で、慰安婦募集の強制性については、日本政府が聞き取り調査した韓国人の元慰安婦16人の証言が根拠となったと明らかにしてこう語っている。
「半世紀以上も前の話だから、その場所とか、状況とかに記憶違いがあるかもしれない。だからといって、1人の女性であれだけ大きな傷を残したことについて、傷そのものの記憶が間違っているとは考えられない。実際に聞き取り調査の証言を読めば、被害者でなければ語り得ない経験だとわかる。相当な強圧があったという印象が強い」
この聞き取り調査報告書を政府はプライバシー情報であることなどを理由に非開示としているが、産経新聞が25年10月に入手した。
調査対象の十六人の証言が、たったA4判13枚にまとめられたそれは、驚くほどずさんな内容だった。
証言の事実関係は曖昧で別の機会での発言との食い違いも目立つほか、氏名や生年すら不正確で、名字だけという例もあった。
朝鮮半島では重視される出身地についても、大半の13人が不明・不詳となっているほか、戦地ではなく、一般の娟館はあっても慰安所はなかった地域で働いたとの証言もあった。
この調査報告書を通読しても、軍や官憲による強制連行の証拠とただちに認められる証言はない。
「軍人に連れていかれた」と語った女性は複数いるが、当時、兵隊のような服を着ていた人は大勢おり、本当に軍人だったかは疑わしい。
にもかかわらず、河野氏は、このいい加減で政府文書とも言えないような代物を読んで、「被害者でなければ語り得ない経験だ」と強調しているのだから噴飯ものである。
河野氏と朝日は’同じ穴の狢’
また、河野氏は次のように述べて談話は日本独自で作成したものだと主張し、日韓ですり合わせされていたのではないかとの疑問を明確に否定している。
「談話の発表は、事前に韓国外務省に通告したかもしれない。その際、趣旨も伝えたかもしれない。しかし、この問題は韓国とすり合わせるような性格のものではありません」
だが、これも産経新聞が25年末に入手した外交記録文書によって事実ではないことが明らかになった。
それによると、日韓両政府は談話の内容や字句、表現に至るまで発表の直前まで綿密にすり合わせていた。
例えば談話の原案では「慰安婦の暮集については、軍の意向を受けた業者がこれに当たった」とある部分について、韓国側は「意向」を強制性が明らかな「指示」とするよう要求した。
日本側が「軍が指示した根拠がない」として強い期待を表す「要望」がぎりぎりだと投げ返すと、韓国側は「強く請い求め、必要とすること」を意味する「要請」を提案し、最終的にこの表現を採用した。
まるで日本政府という生徒が提出した答案を、韓国政府という先生が真っ赤に添削してやり直しを命じるようなことが繰り返された末、できたのが河野談話なのである。
それどころか、河野談話と同時に発表された政府の慰安婦に関する調査結果報告(公式事実認定)すらも、韓国の修正要求を大幅に受け入れて作られていた。
いわば「日韓合作」だったのである。
一例を挙げると、「慰安所の経営および管理」の項では、原案の「(慰安婦は)自由な境地とはほど遠いところにあった」という記述について、韓国側が「自由もない、痛ましい生活を強いられた」と書き換えるよう求め、日本側はそのまま受け入れた。
つまり河野氏は朝日のインタビューに対して二重の嘘を述べて自己正当化を図り、そしてそれを朝日は無批判に喜々として垂れ流してお先棒を担いだということになる。
河野氏の行為は国民を裏切ったものだともいえる。
河野氏は朝日のインタビューで「史実に正確かどうか、が大事だと思う」とも語っているが、自分は虚言で史実を歪めようとしてきたのではないか。
本来なら、河野氏にこれだけ真っ赤な嘘をつかれた上に、それを紙面に大きく掲載して恥をかかされたのだから、朝日は河野氏に抗議して、記事を訂正し、読者にお詫びを述べるのが普通だろう。
ところが朝日は、産経新聞の報道を無視して自ら裏を取ることもしなかった。
その後、政府による河野談話の作成過程検証により、産経報道が事実であることが公的に明らかになっても、河野氏と蜜月を続けている。
同じ穴の狢という言葉を思い出す。
河野談話発表翌日の平成5年8月5日付の朝日新聞は、このあたりの事情をこう書いている。
「聞き取り調査が終わった7月30日夜、ソウルで田中耕太郎・内閣外政審議室審議官は『(元慰安婦の)記憶があいまいな部分もあり、証言の内容をいちいち詳細に詰めない。自然体でまるごと受け止める』」
当時の宮沢喜一内閣はただただ早期の政治決着を急いでおり、事実関係の追及や真相の究明など二の次だったことが分かる。
とにかく韓国側と波風立てないよう、言われるままに何でも受け入れるというわけである。
当然、政府のそうした姿勢は、この問題を取材していた朝日記者には分かっており、それを記事にもしているのである。
この点に関しては、産経新聞が平成26年に入手した、外務省が河野談話発表の半年前にあたる5年2月に作成した内部文書でも、同様の見解が記されている。
それには元慰安婦への聞き取り調査に関してこう記されていた。
「必要最小限な形でいわば儀式として実施することを検討」
初めから「儀式」として想定させており、事実関係などどうでもよかったのだろう。
そんなものを根拠とする河野談話で痛めつけられ、縛られてきた国民はいい面の皮である。
どちらが「知的に不誠実」か
朝日はまた、第一次安倍晋三内閣当時の平成19年3月にも、河野氏の言葉を引用して「従軍慰安婦『おわび』見直す声」「河野議長『知的に不誠実』」という見出しの記事を掲載している。
記事は、河野氏がアジア女性基金(理事長・村山元首相)のインタビューに対し、慰安婦の募集に政府が直接関与した資料が確認されていないことを踏まえたうえで「だから従軍慰安婦自体がなかったと言わんばかりの議論をするのは知的に誠実ではない」と語っていたと報じたものである。
当時、これを読んで心底呆れたのを思い出す。
まず、「従軍慰安婦」という言葉は戦後の造語でそういう名称はなかったという人はいても、「慰安婦」自体がいなかったなどという議論がどこにあったというのか。
それを「我が意を得たり」とばかりに報じる朝日は、どういうつもりなのか。
「慰安婦は強制連行ではないという主張」を、「慰安婦の存在自体を否定する妄言」へとすり替えて、貶めようという意図があらわだった。
この記事は、河野氏が河野談話の前提となった元慰安婦16人の聞き取り調査について、こう振り返ったとも書いている。
「明らかに厳しい目にあった人でなければできないような状況説明が次から次へと出てくる」
さて、「知的に誠実」ではなく「史実に正確」でもないのは河野氏の方か、官憲による慰安婦強制連行は史実ではないと主張する陣営の方か。
それは明らかに河野氏の方であり、河野氏と一体化し、河野氏は無謬であるかのような報道を続ける朝日の方である。
河野氏の言葉は、天に唾する類のものである。
ともあれ、前述の吉田清治氏の虚偽証言について、河野氏と親しかった朝日の若宮氏は著書で、誰とは名指しばしない形でこう記している。
「朝日新聞もこれ(慰安婦問題)を熱心に報じた時期があった。中には力ずくの『慰安婦狩り』を実際に行ったという日本の元軍人の話を信じて、確認のとれぬまま記事にするような勇み足もあった」
実は、この文章も知的に誠実ではない。
そもそも吉田氏は軍人ではなく、若宮氏は初歩的・基本的なところから間違っている。
また、勇み足とは「やりすぎの失敗」を意味するが、朝日の慰安婦報道が引き起こした事態は、そんな軽い言葉で言い表せるものではないのではないか。
河野氏は3月5日付の朝日のインタビュー記事で、日本の次の時代を一言で表すよう求められ、こう答えている。
「『坂道』でしょうか。無責任な言い方をすれば、次の時代は『下り坂』かも知れないけど、それでは身もふたもないから坂道。石ころだらけの厳しい上り坂を、足元を確かめながら上っていけるのかどうか」
官房長官や外相、自民党総裁に衆院議長まで務め、政治の中枢で日本の進路を左右してきた政治家として、本人も認める通り無責任極まりない。
そんなことはないと信じるが、もし、日本が本当に「下り坂」を向かうことになったとすれば、その責任の一端は日本を毀損し続けた河野氏や朝日にあるはずである。
彼らが、どれだけ事実を突きっけられて厳しい批判を受けようと、決して自分が悪いとは思わず非も認めず、人ごとのように受け流していることが悲しく残念である。