真の芸術家とは、隠された真実に光を当てる存在である――高山正之と石平が語る戦争の実相と共産主義の本質

2022-12-23
随分前に、世界中のプリマから大変な尊敬を受けているモナコ王立バレエ学校の老女性教授が来日した。
その時に彼女が芸術家の存在意義について語った言葉である。
『芸術家が大事な存在なのは、隠された、隠れた真実に光を当てて、それを表現する事が出来る唯一の存在だからです。』
彼女の言葉に異議を唱えるものはいないだろう。
高山正之は戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであるだけではなく、戦後の世界で唯一無二の芸術家と言っても全く過言ではない。
一方、大江、村上、平野等、作家と称する人間達、自分達を芸術家だと思いこんでいる人間達の多くは、芸術家の名にも値しない存在なのである。
何故なら、彼らは、隠された、隠れた真実に光を当てて、それを表現する、どころか、朝日新聞等が作り出した嘘を表現して来ただけの人間達だからである。
彼らの様な存在は、日本に限らず、世界中の国においても同様なはずである。
つまり、真の芸術家とは、極少数しか存在していないのである。
私が、今の世界で、最もノーベル文学賞に相応しいのは、高山正之を措いて他にはいない、と言及している事の正しさを、本著も、痛切に証明している。

「民間施設攻撃」を非難するのは日本人だけ?(p98から)
石平 
ところで、今回のプーチンの戦争でも、日本人の間では、ロシアが民間施設を標的にしていることに避難の声が上がってぃます。
一般に戦争でも、軍事施設は攻撃するけど、民間施設はあんまり攻撃しない。
病院は攻撃しないとか。そういうルールがあるのではないかと思います。
そのルールをまったく無視してショッピングセンターや学校、病院まで攻撃している。
あの形の戦争の仕方については、どう思いますか。
高山
石平さんは日本の草花にまで心を寄せる。
そうやっているうちに心まで日本人になってしまったようですね。
だいたい、非戦闘員に手は出さないとかは日本人だけですよ。
そんな日本人の感覚は世界では通用しない。
太平洋戦争のときも、米軍のB29は軍需工場ではない名古屋城を目がけて何度も爆弾を落としている。
民間人の犠牲なんて考えずに、街全体を焼き尽くしている。
石平 
それと真逆で、日本軍は民間の施設を標的にはしなかった。
高山 
『パールハーバー』というハリウッド映画がありました。
日本軍機が病院を爆撃するシーンがある。
それは真っ赤なウソです。
でもハリウッドは「日本は非キリスト教徒の野蛮人だからここまでやるに決まっている」とわざとそういうシーンを作る。
真珠湾での日本機による攻撃ぶりは記録が残っているけれど真珠湾には200隻近く艦船がひしめいている中で、赤十字マークを付けた艦艇は機銃弾の1発さえ撃たれていなかった。
またパールハーバー記念館では真珠湾攻撃の映像が上映され、その最後には字幕で「民間人が50人以上死んだ」と出てくる。
この根拠はと質すと、日本機の攻撃ではなく米軍の対空砲火が35キロ離れたホノルル市街に落ちて市民の死者が出たということ。
そう正直に書かないところがせこい。
石平 
日本は人道的に武士道の国であり、庶民は直接、戦いには加わらない。
武士と武士という戦闘員同士が戦う。
しかし中国では、城に住民たちも入っているから、当然、そこに住む住民も目標になります。
日本は城と城下町は別々。
高山 
しかし農民はその様子をよく見ていて、突然「野伏せり」という強盗に変わる。
おとなしそうに見える百姓が、いちばん怖いんですよ。
明智光秀もそれで殺された。
石平 
落ち武者狩りですね。
高山 
言葉はきれいだけど、明智光秀もそうですし、関ヶ原の戦いで西軍に与していた島津義弘が「敵中突破」といって徳川の陣地の真ん前を横切って脱出したときも同じです。
大半の将兵は戦場から逃げおおせたんですが、そのあと野伏せり、百姓に襲われて、多大な犠牲を強いられた。
落ち武者狩りがあれほど盛んということは、逆に、戦では一般市民を殺さないという前提がめったからですよね。
武士が本気になったら、そんなに簡単に落ち武者狩りで命を落とさない。
石平 
中国の紅衛兵だってそうですよ。
公然と「破壊できる」と思ったら、彼らはよろこんで暴れまわる。
長征隊なんていう学生運動体をつくって、あらゆるものを糾弾し始めた。
政府が、汽車賃も宿泊費も食事も出すという破格の待遇を与えて、中国全土に散らばらせた。
それで、とにかく「四旧(四つの旧いもの)をぜんぶぶち壊す」ように誘導するんですね。 
あの頃は、紅衛兵に人を殺す権限まで与えられていた。
人を殺しても、「反革命」だと断定して知らせたら、誰も罪に問われないんです。
人を殺すのが「革命的行為」になるから。
そういう意味では、漢民族とロシア民族、例えば毛沢東とスターリンの粛正には一つ違いがありまして。
スターリンの粛正は警察部隊を使って、組織的な銃殺という形をとります。 
一方の毛沢東の粛清は、人々の憎悪を煽ってお互いに殺し合いをさせる。
だから、文化大革命で何十万人殺されても、下手人のほとんどは警察ではありません。
ごく普通の一般市民、若者です。
例えば高校生が教えてくれた先生を殺すのは当たり前でした。
つまりスターリンの粛清と比べると、毛沢東の粛清はむしろ陰湿。
人間性のもっとも醜い部分を、「革命」という名のもとに解放してしまった。
高山 
しかも野放しにしちゃった。
石平 
それどころか、さらに拡大してしまった。
誰でも「こいつが憎らしい」と思うときがありますよね。
そこで「革命」という名目があれば殺すのを正当化できるし、快感を感じる。
復讐もできる。
でも日本ではそんなふうに呼びかけられても、実行する人は少ない。
それは共産党の体制の問題というよりも、そもそも国民性の問題ではないかと思います。 
共産党と言えば、ロシア人がやったもう一つの悪い点は、マルクスとかエンゲルスが遊び半分でつくった共産主義というものを、レーニンが本気になって社会運動、政治運動化させ、共産主義独裁国家つくり上げたことです。
その延長線で中国共産党が、そして朝鮮労働党が誕生し、極端に強権的で人間を抑圧する組織が出来上がった。
それが世界平和の大きな脅威にもなっています。 
あの朝鮮戦争だって、金日成が韓国を侵略したことから始まったのですし、中国大陸にもし共産党勢力がなかったら、文化大革命の虐殺もなかった。 

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