そのとき 僕は いのる。

どうぞ、観て下さい。

例えば、あの庭は一度で十分と誰もが思うはず…
それで竜安寺を見誤ってしまう。竜安寺から足が遠のいてしまう…
あの庭を観に行くのもしんきくさいしなぁ、と…私も、そうだった…
この日の朝、突然、行こうと思わせたのは、その過ちに気付かせる為だったのだろう…
全ては、ひかり、である。と

ここでは言いたくなかったのだが、竜安寺とは官能の世界なのである。

私の写真と同じなのだ…私の写真を観てイッテしまう人が無数にいれば、それは僕の本望である。

生とは官能であり、死とは官能を失うことだからだ。

すべては、ひかりなのである。

ジョバンニと私は、そう思う。 ぼくらは世界のひかりと闇を旅する人…すべてを知っているひとなのだ。

私の写真は官能の饗宴=いのちの饗宴なのである。

つらいいのち かなしいいのち たのしいいのち おろかないのち みにくいいのち あほうないのち

ばかないのち どうしようもないいのち おかねのさんだんだけのいのち はらだたしいいのち 

おかねのさんだんに苦しめられるいのち おかねのさんだんでいきているいのち それだけのことでとくいげないのち

すべてのいのちに 今このときだけでも よろこびと ひかりがあるように そのとき ぼくは いのる。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください

前の記事

FC2で個展を開いています(笑)