あまりにひどい国会の体たらく――阿比留瑠比が斬る野党と朝日新聞の倒錯

月刊誌「正論」に掲載された阿比留瑠比氏の論文をもとに、新型コロナウイルス対応が急務である時期に、国会で続いた野党の政権攻撃と、朝日新聞などメディアの報道姿勢を批判する。首相の「意味のない質問だよ」という発言の背景にあった国会の実態を検証する。

2020-03-03
あまりにひどい国会の体たらく――阿比留瑠比が斬る野党と朝日新聞の倒錯
以下は三月二日に発売された月刊誌「正論」の特集「中国という禍」に、「あまりにひどい 国会の体たらく」と題して掲載された、現役最高の記者の一人である阿比留瑠比氏の論文からである。
根本的に間違っていないか。
国会とは何か。
手元の辞書によると、国権の最高機関で、国の唯一の立法機関とある。
ちなみに国権とは、国家権力、国の統治権のことを指す。
民主主義国としてわが国が存続し、さらに発展していくために、必要不可欠の存在であるのは言うまでもない。
ところが、われわれが現在、テレビの国会中継やニュースで目撃している国会の風景はどうだろうか。
野党の質問では、新型コロナウイルスの感染拡大など、論じられるべき喫緊の重要事項はおざなりにされている。
ひたすら安倍晋三政権への難癖、嫌がらせ、揚げ足取りばかりが目立つ。
そして政府・与党側も、それをうまくいなすことができないでいる。
こんな学級崩壊状態で、いじめが蔓延するような国会など、いらないのではないか。
国会審議は本当に必要なのか。
野党は何のために存在しているのか。
民主主義の根幹を揺るがしかねない深刻な疑問すら湧いてくる。
さらにマスコミが、物事の優先順位と事の軽重を無視して、野党のピント外れの追及の背中を押すのである。
例えば、朝日新聞は二月十三日付の社説「荒涼たる国会 安倍首相の責任は重い」で、安倍首相をはじめ政府側が悪いかのように、一方的に断罪していた。
「安倍首相の居丈高な反論やヤジ、しどろもどろの閣僚答弁。建設的な議論を通じて、よりよい結論を導きだす。そんな『言論の府』のあるべき姿からほど遠い光景が続いていることに暗然とする」
「批判を受け止める懐の深さや、説得力のある言葉と論理で対抗しようという冷静さは感じられない」
安倍首相のヤジとは、立憲民主党の辻元清美幹事長代行による、十二日の衆院予算委員会での質問に対するものである。
十年一日のように「桜を見る会」や森友・加計学園問題への官僚の対応を取り上げた辻元氏に、安倍首相は質問終了後、閣僚席からこう言った。
「意味のない質問だよ」
確かに、一国の首相が自らヤジを飛ばすことには、与党内にも自制を求める声がある。
一般論で言えば、ヤジなどないに越したことはない。
だが国会の実態は、テレビのマイクが必ずしも音を拾っていないだけで、首相や閣僚の答弁中、野党議員のヤジで答弁が聞こえないことも少なくない。
国民の生命を守るための新型コロナウイルスへの対応。
それに伴う経済的損失への対策。
世界情勢の分析。
目の前の重要課題を処理しなければならない時に、国会に長時間拘束され、不要不急の言いがかりのような質問に煩わされているトップが、その無意味さを指摘したくなるのも無理はない。
また、質疑では辻元氏の方が先にヤジっていた。
それが不問に付されているのもおかしい。
朝日新聞の社説は、次のように締めくくっているにもかかわらず、辻元氏のヤジには触れていない。
「言論の府にふさわしい論戦を実現する責任に与党も野党もない」
実際、辻元氏の次の発言は、聞いていて品性の欠片も、朝日の言う論理も感じなかった。
「総理、最後に申し上げます。鯛は頭から腐るという言葉をご存じですか。これは英語とかロシア語でもあるんですよ。死んだ魚の鮮度は頭の状態から判断できる。したがって、社会、国、企業などの上層部が腐敗していると残りもすぐに腐っていく。総理が桜とか加計とか森友とか疑惑まみれって言われているから、それに引きずられるように官僚に示しがつかない。子供の教育にも悪いです。ここまで来たら、原因は鯛の頭。頭を変えるしかないんじゃないですか。そろそろ総理自身の幕引きだということを申し上げます」
つまり辻元氏は、安倍首相のことを、根拠も示さずに腐っていると面罵したわけである。
これが国会の質問だと言えるだろうか。
いや、これは言葉の暴力であり、人権侵害ではないか。
こんなことまで言われた安倍首相が、「意味のない質問だよ」と述べただけで、野党は翌十三日に審議拒否を行った。
国会も、安倍首相発言を非難したマスコミも、何か根本的なところで大きく間違っていると言うほかない。
辻元氏の後に質疑に立った立憲民主党の逢坂誠二政務調査会長が発言をただしたのに対し、安倍首相はこう真意を説明した。
「辻元委員がずっと私への質問ではなくて、私から言わせれば罵詈雑言の連続だった。頭から腐ると、やっぱり腐っている本体が私であるとずっと言い続けた。私に質疑で反論する機会を与えずに延々とそれを繰り返された。私の目の前でテレビ付きでです。それで終えられた後に『こんなやり取りじゃ無意味じゃないか』と申し上げた。ここは一方的に罵る場なんですか」
ところが、多くのマスコミは、辻元氏の暴言部分や、安倍首相の説明部分をまともに報じなかった。
そして安倍首相の不規則発言は「開き直り」だと決めつけた。
朝日新聞社説は「行政監視を行う立法府への冒涜」とも書いた。
だが、辻元氏の言葉とやり方の方こそ、国会への冒涜である。
阿比留瑠比氏の論考は、国会の異常を、まことに正確に指摘している。
新型コロナウイルスへの対応が、日本国民の生命と経済を左右する重大局面で、野党は何をしていたのか。
国民の生命を守るための実質的議論をしていたのか。
医療体制をどう守るか。
学校や企業をどう支えるか。
感染拡大をどう防ぐか。
中国からの入国制限をどうするか。
そうした喫緊の問題に集中していたのか。
答えは否である。
彼らは、相も変わらず、桜、森友、加計を持ち出し、政権攻撃の材料にしていた。
それを朝日新聞などのメディアが後押しする。
国会を荒廃させているのは、誰なのか。
言論の府を壊しているのは、誰なのか。
国民の生命に関わる危機を政争の具にしているのは、誰なのか。
日本国民は、この現実を直視しなければならない。
首相の一言だけを切り取り、野党とメディアが一体となって騒ぎ立てる。
だが、その前に何があったのかを報じない。
相手を腐っているとまで言い放つ暴言は隠し、それに対する反応だけを問題にする。
これが公正な報道であるはずがない。
これは報道ではない。
政治工作である。
国会は、日本国民のために存在している。
野党の自己満足のためでも、朝日新聞の政権攻撃のためでもない。
新型コロナウイルスという国家的危機の中で、国会がこのような体たらくであったことは、日本の政治史における大きな汚点として記録されるべきである。
この稿続く。

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