村上春樹の南京40万人記述が、私の違和感を一つの形にした
2017年3月8日と9日の記事では、私の村上春樹批判は、さらに具体的な歴史認識の問題へ進んでいた。
村上春樹の長編小説『騎士団長殺し』における南京事件の記述が、ネット上で大きな波紋を呼んでいた。
作中人物の台詞とはいえ、中国側が主張する「30万人」をさらに上回る「40万人」という数字に言及したことは、日本の近現代史をめぐる国際的な情報戦の中で、看過できない意味を持っていた。
産経新聞の記事では、中国側がこの記述を評価し、政治的に利用する可能性についても指摘されていた。
私はその時、これまで自分が村上春樹について書いてきたことの正しさを、改めて確信した。
私が奇異に感じていたのは、村上春樹が世界中の最高級リゾートやホテルに滞在しながら作品を書いているという、その在り方であった。
もちろん、それ自体をもって何かを断定することはできない。
しかし、反日プロパガンダを政権維持の一部として利用してきた中国や韓国が、世界的知名度を持つ日本人作家に注目し、その発言や作品を利用しようと考えることは、情報戦の常識から見ても十分にあり得ることである。
問題は、村上春樹がそのような国際的文脈を十分に理解していたのか、という点である。
世界的作家と呼ばれる人物が、日本の近現代史について不確かな認識のまま発信すれば、それは単なる文学的表現にとどまらない。
中国や韓国の反日宣伝に、結果として材料を提供することになりかねない。
2017年3月9日の記事で、私はその構図をさらに広げて見ていた。
村上春樹、姜尚中、朝日新聞の論説委員、野党議員、いわゆる文化人、人権派弁護士、特定の出版界や週刊誌のライターたち。
彼らはそれぞれ別個の存在でありながら、戦後日本の言論空間において、似た方向へ日本の歴史認識を歪めてきた。
米国において、中国や韓国の反日プロパガンダが、特定の政治家や言論人を標的にして影響を及ぼしてきた構図と、同質のものを私はそこに見ていた。
一介の翻訳家、レイモンド・カーヴァーの翻訳者にすぎなかった村上春樹が、いつの間にか「日本を代表する大作家」として持ち上げられていったことに、私は長く奇異な感覚を抱いていた。
その違和感は、2017年の南京事件記述をめぐる騒動によって、私の中で一つの形を取った。
私が批判していたのは、村上春樹の文学的才能の有無だけではない。
彼が、日本の歴史を十分に知らないまま、世界的作家という立場で、日本に不利な歴史認識を流通させる存在になっていることだった。
それは、日本の文芸の問題であると同時に、日本の国益、日本の名誉、日本の歴史認識をめぐる問題でもあった。