日本人は、なぜ世界に先駆けて本質を見抜いてきたのか――鉄砲、硝石、指紋、そして皇統をめぐる高山正之の文明論

2026年7月11日、京都コンサートホールで午後2時30分に開演した、沖澤のどか指揮、京都市交響楽団の演奏会は、まさに超弩級のコンサートだった。
京都コンサートホール、沖澤のどか、京都市交響楽団。
その全てが、超弩級の素晴らしさだったのである。
この演奏会については、次章以降に詳しく書くことにする。
北山駅の階段を上り、そのまま真っすぐ進めば京都府立植物園である。
読者はご存じの通り、私の庭である。
そこを左に曲がれば、京都コンサートホールがある。
昨年、小ホールで開催された高木凜々子のリサイタルを聴くために、私は初めて同ホールを訪れた。
しかし、大ホールに入るのは、昨日が初めてだった。
京都コンサートホールへ向かうアーケードを歩いていた時のことである。
すぐ近くを、中高年の男性二人が歩いていた。
その会話が、嫌でも私の耳に飛び込んできた。
「愛子天皇に決めればいいんだよ」「愛子天皇にすればいいんだよ」
そのような内容だった。
私は、何を言っているのだ、と思いながら、その会話を聞いていた。
おそらく彼らは、これまで順風満帆の人生を送り、世間的には何の問題もない人物として暮らしてきた人たちなのだろう。
だが、その頭脳は、朝日新聞やNHKをはじめとするオールドメディアの論説によって作り上げられている。
私は、そのことを実証するかのような二人に、京都コンサートホールへ向かう途中で遭遇したのである。
皇統とは何か。
女性天皇と女系天皇は、なぜ全く異なるのか。
神武天皇以来、父から息子へと受け継がれてきた男系皇統を絶つことが、何を意味するのか。
その本質を知らぬまま、「男女平等」や「国民的人気」といったオールドメディアの作り出した言葉だけで、皇室の根幹を語っているのである。
高山正之が、日本人の本質を見抜く力と、現代日本人が失いつつある歴史認識について書いた、戦後史に残る名文を、私は以前に紹介した。
今、この論文を再発信することほど、昨日遭遇した事象に相応しいことはないのである。

日本人は、なぜ世界に先駆けて本質を見抜いてきたのか――鉄砲、硝石、指紋、そして皇統をめぐる高山正之の文明論
高山正之は、キリスト教の受容、火縄銃と硝石の国産化、指紋の活用、そして男系皇統という歴史を通じて、日本人が古来備えてきた本質を見抜く力と独創性を論じる。
日本文明の知恵と、現代日本が失いつつある歴史認識を問い直す一篇。

日本国民のみならず、世界中の人々も、彼の博覧強記に感嘆の声を上げるだろう
2019-12-26
以下は、本日発売された『週刊新潮』新年特大号の掉尾を飾る、高山正之の連載コラムからである。
この論文もまた、彼が戦後世界において唯一無二のジャーナリストであることを実証している。
日本国民のみならず、世界中の人々も、彼の博覧強記に感嘆の声を上げるだろう。
私が何度も言及してきたように、今の世界でノーベル文学賞に相応しいのは、大江健三郎や村上春樹などでは全くない。
高山正之である。
彼を措いて、他にはいないのである。
彼こそ、20世紀から21世紀にかけて最大の知識人であると言っても、全く過言ではない。
例外的日本人
日本人は賢い。
モノの本質を見通す力がある。
例えば、キリスト教である。
欧州では、不潔と抑圧と迷信に苦しむ人々に心の安らぎを与え、大いに繁盛していた。
マルクスが後に言った、阿片としての効き目が抜群の宗教だった。
だが、日本は清潔で、抑圧もそれほど酷くなかった。
迷信も、「ミミズにおしっこをひっかけるな」くらいだった。
むしろ日本人は、奴隷を鞭打ちながら慈悲を説く伴天連に鼻白んだ。
だから、世界で唯一、この宗教を見限った。
それが正しい選択だったことは、世界の歴史が証明している。
同じ頃、鉄砲も伝わった。
日本人は、こちらには目を輝かせた。
領主・種子島時堯は、刀鍛冶の八板金兵衛に、同じものを作れと命じた。
金兵衛は心血を注ぎ、本物に勝るものを作った。
銃身の後端にある尾栓には、日本初の着脱自在の螺子を取り付けた。
一説には、娘と引き換えに、外国人からその構造を習得したという。
火縄銃は世に広まり、金兵衛の孫の時代には、日本の銃保有数は世界一の50万丁に達した。
下地はあった。
まず、鉄も鉛も産出した。
高度な製鉄技術も持っていた。
細かいことを言えば、火縄には日本の檜皮が最適であることも分かった。
ただ、問題はあった。
火薬の原料のうち、木炭と硫黄は余るほどあったが、肝心の硝石がなかった。
そこで日本は、隣国の明に硝石の有無を尋ねた。
明は、日本から大量の硫黄を買っていた。
琉球も硫黄を朝貢し、好待遇を受けていた。
もしかすると、硫黄は火薬に使われているのではないか。
日本側はそう考えた。
答えは、イエスだった。
硝石は山東や四川で山ほど採れた。
だが、明は売らなかった。
なぜなら、200年前に太祖・朱元璋が、「日本は敵だから硝石を売るな」と遺言していたからである。
明が保有していた青銅製の銃も、日本人に見せたり、構造を漏洩したりすることを厳しく禁じた。
これは、属領の高句麗にも厳命していた。
福沢諭吉は、支那と朝鮮を友達ではあるが「悪友」だと言った。
だが、彼らは千年前から、日本を敵と見ていた。
ゆえに、硝石は売らない。
では、イエズス会はどうだったか。
彼らは、硝石一樽と日本人女性50人を交換すると言った。
日本人は、自力で硝石を作る道を選んだ。
ヒントは、臭く、汚く、埃の舞う産地・山東省の風景だった。
五箇山では、囲炉裏の床下に穴を掘り、ヨモギや麻の干し草を敷き、蚕の糞と藁灰を入れ、尿をかけて埋めた。
山東省の環境を再現したのである。
数年間寝かせると、驚くべきことに、穴の底に硝酸カリウム、すなわち硝石ができていた。
元素も化学式も知られていなかった時代に、日本人は硝石を手作りし、世界最高の鉄砲部隊を作り上げた。
秀吉の軍勢は、その鉄砲隊を先頭に朝鮮へ出兵し、明の軍隊と対決した。
火縄銃の威力は、明の青銅銃を凌駕した。
鉛弾は100メートル離れた明兵の鎧を貫通し、現在のマグナム弾と同じように、身体に大きな穴を開けた。
青銅製火器にしがみつき、改良を怠った明は、日本に敗れて以後、種子島を模倣した火器を作るようになった。
ルイス・フロイスもその威力を知り、日本征服を断念するよう本国に伝えた。
ちなみにナポレオンも、後に日本と同様の知恵を用い、同じ方式で硝石を国産化した。
明治時代に来日した英国人宣教師ヘンリー・フォールズは、日本人が身分証明のために拇印を押しているのを目にした。
調べてみると、誰一人として同じ指紋を持つ者はおらず、成長しても変わらないことが分かった。
日本人の知恵を英国の科学誌に発表したところ、彼は「指紋の発見者」の称号を得た。
昭和に来日したマッカーサーは、天皇家が直系男子によって皇統を紡いできたことを知った。
彼の使命は、日本を壊すことだった。
その意味も理解しないまま、皇室断絶の意図をもって、多くの宮家を皇籍から離脱させた。
今世紀に入り、男性のY染色体が父から息子へ受け継がれていくことが、広く知られるようになった。
日本人は、それを神武天皇の御代から知っていた。
皇統が世界の奇跡と言われる所以である。
今、例えば園部逸夫や朝日新聞は、男女同権なのだから女性天皇を立てるべきだと言う。
そうすることで、神武天皇以来紡がれてきた男系の皇統が絶たれることも知らない。
日本人の中に、これほど蒙昧な者が、まだ存在していたのである。


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