私の写真、私の絵――魑魅魍魎の世間を生き抜き、魂の癒しを写す

昨日、「私の写真について」と題した章の中で、私の写真を観て、古今東西の素晴らしい先達や人間達の言葉を想起して下さい、と書きました。
エリートとして生きられなかった人たち、或いは、エリートとして生きる事から遠くに在った人たちにとっては――即ち、大多数の人たちと云う事に成る――人生は、実は、闇の中の魑魅魍魎を生き続ける事と同義でもある訳です。
様々な悪――仏教が云う所の、或いは、南禅寺に、その姿を具体的に「六道の庭」として表現されている様な世界=世間を、私たちは生きている訳です。
私が、そういう世間を生き続けて来た人間であり、生き抜いて来た人間である事は、読者の方々には御存知の通りです。
そんな読者の方々は、私の写真=私の絵を観て、冒頭に記した方々の言葉を想起するよりも前に、まず、魂の癒しを感じる事になるはずです。
花々が、生きもの達が、緑が、森が、湖であり、海でもある池の数々が、山が、空が、貴方の心を癒す。
私は、私の写真、私の絵が、そういう写真であり、そういう絵である事を誇りに思う。

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