「吉田調書」報道はいかに世界へ駆け抜けたか――福島第一原発事故をめぐる朝日新聞報道と現場証言の重大な乖離

福島第一原発事故をめぐる朝日新聞の「吉田調書」報道が、ニューヨーク・タイムズ、BBC、韓国メディアなどを通じて世界へ拡散した経緯を、門田隆将、櫻井よしこ、阿比留瑠比の各氏の発言から検証する。吉田昌郎所長の証言、福島第二原発への退避、いわゆる「命令違反による撤退」報道の問題点、慰安婦報道との共通構図を論じた記録である。

2020-08-18
福島第一原子力発電所事故をめぐって、朝日新聞は2014年5月20日、政府事故調査・検証委員会による吉田昌郎所長の聴取記録、いわゆる「吉田調書」をもとに、福島第一原発にいた東京電力職員らの約9割が所長命令に違反して福島第二原発へ撤退したとする趣旨の報道を行った。
その内容は海外へ急速に伝わり、日本の原発事故対応そのものへの国際的評価にも影響を与えた。
以下は、門田隆将、櫻井よしこ、阿比留瑠比の各氏が、この報道と吉田調書の内容、そして海外への波及について論じた記録である。

引用本文

原発事故でも日本を貶めた朝日新聞

門田 慰安婦問題とよく似た図式なのですが私は東京電力福島第一原発をめぐる朝日新聞による吉田調書キャンペーンを挙げたいと思います。これは5月20日の朝日朝刊で、福島第一の東電職員の9割が2011年3月15日朝、「所長命令に違反」して、「原発から撤退」していたことが朝日新聞が入手した政府事故調による「吉田調書」によって明らかになった─というものでした。
私は、ジャーナリストとして唯一、吉田氏に長時間インタビューをおこなっています。吉田氏に取材しただけでなく、あの事故の際、福島第一原発で何があったのか、現場の人間はどう闘ったのか、をテーマに多くの当事者たち─当時の菅直人首相や池田元久・原子力災害現地対策本部長(経産副大臣)をはじめ政府サイドの人々、また研究者として事故対策にかかわった班目春樹・原子力安全委員会委員長、あるいは吉田氏の部下だった現場のプラントエンジニア、また協力企業の面々、さらには、地元記者や元町長に至るまで─100名近い人々にすべて「実名」で証言してもらい、それは『死の淵を見た男─吉田昌郎と福島第一原発の500日』(PHP)として上梓しています。朝日の一報を見たときはびっくり仰天し、すぐに「そんな事実はない」と思いました。しかし、朝日の報道は忽ち世界中へ駆け抜けていきました。
『ニューヨーク・タイムズ』は〈2011年、命令にも関わらず、パニックに陥った作業員たちは福島原発から逃げ去っていた〉と報じ、英のBBCも、〈福島原発の労働者の約90%がメルトダウンの危機が目前に迫った状況で逃げた、と朝日新聞は報じた〉とし、韓国メディアのなかには〈これまで〝セウォル号事件〟が「韓国人の利己的な民族性から始まった」、「相変わらず後進国であることを示してくれた」などと韓国を卑下し、集団のために個人を犠牲にする日本のサムライ精神を自画自賛した日本の報道機関と知識人たちは、大きな衝撃に包まれた〉と報じました。それまで原発事故で発揮された日本人の勇気を讃えていた外国メディアは、報道を受けて姿勢を一変させました。最悪の事態と必死で闘った部下たちを、今は亡き吉田氏は心から称賛していましたが、朝日新聞は日本を救うために奮闘したそんな人々を世界中から嘲笑される存在に貶めてしまったのです。

慰安婦報道と同一構図の吉田調書キャンペーン

門田 現場を取材すれば命令に反して撤退することなどあり得なかったことはすぐわかります。そして、そう思ったのは私だけではありません。NHKにしても共同通信にしても現場に食い込んでいる記者、ジャーナリストは一発で朝日報道が嘘だとわかっていました。現場の人たちはもちろん、そうです。直接会っていろいろ聞いても、多くの現場関係者が口を揃えるのは、朝日には話をしたくないということでした。要するに共同もNHKも─どちらも反原発報道では厳しいメディアだが─それでも事実やこちらの証言は聞いてくれる姿勢がある。しかし朝日新聞は、はじめからまともに報じてくれないことがわかっているから、朝日新聞の記者が怖いし、会いたくないと言うわけですね。私は、ああ、「従軍慰安婦」の強制連行問題と同じだなと思いました。
櫻井 産経新聞が八月十八日付朝刊で吉田調書について報じましたね。そして、吉田氏の命令に違反して九割の職員が福島第二原発(二F)に逃げた─という朝日報道を否定しましたね。
門田 自分の命令に違反して九割の職員が撤退したなんてどこにも証言がないわけです。それどころか吉田氏は「誰が撤退と言ったのか」とか、「使わないです、撤退みたいな言葉は」とか、それから「関係ない人間は退避させますからと言っただけです」「二Fまで退避させようとバスを手配したんです」「バスで退避させました、二Fのほうに」と、もう何度も言っているのです。だから「自分の命令で二Fに行かせた」ということを繰り返し言っている。命令に違反して二Fに行ったなんて、つくられた話だとわかります。
阿比留 そうですね。構図は慰安婦と変わらない。
櫻井 と言わざるを得ないですよ。
阿比留 門田さん、私が不思議だったのは、「吉田調書」キャンペーンの解説記事で吉田調書について「全面公開しろ」と、朝日は迫っていますね、今回われわれが入手した調書を読んで感じたのは、全面公開されたら朝日は困るのではないかということです。すべてを詳らかにすると、ここを隠していた、ここを書いてないとあちこち突っ込まれてしまう。どういうつもりで「全面公開を」などと書いたのでしょう。
門田 政府は公開できない、しないだろうと朝日はわかっているからわざと公開を迫っているのだと思います。朝日自身は吉田さんと約束したわけではありません。非公開を約束したわけではない。だから自分はすぐにでもできる。吉田氏と約束して絶対公開できない政府に向かっては全面公開しろと言って追い詰める。逆に私が「吉田調書」を全文公開せよ、朝日なら明日にでもできるでしょ、と言うと、朝日は何も言わなくなりましたね。
阿比留 じゃあ、自分でやれよという話ですね。
門田 自分ではできないわけで、それをやったら自分の記事のつくり方、いかに意図的な記事をつくったかというのがわかってしまう。実は公開されたら困るのではないか、と思うんですよね。
櫻井 公開されて困るのは慰安婦の証言だってそうでした。朝日新聞は日韓の政府の合意で非公開という前提があったからこそ、安心して強制連行と言えたのだと思いますよ。これだってそうでしょ。政府はできない。それをやったら政府が吉田氏との約束を反故にするということですから。
門田 できないことがわかっていて、それを主張するのですから本当に困ったものですね。
櫻井よしこ氏 ハワイ州立大学歴史学部卒業。日本テレビ・ニュースキャスターなどを経てフリー・ジャーナリストに。第26回大宅壮一ノンフィクション賞、第46回菊池寛賞、第26回正論大賞を受賞。平成19年、国家基本問題研究所を設立し理事長に就任。著書に『宰相の資格』『日本の試練』『甦れ、日本』『明治人の姿』など多数。
門田隆将氏 昭和33(1958)年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。ジャーナリスト。政治・経済・歴史・司法・事件など幅広いジャンルで活躍中。著書に『太平洋戦争最後の証言』(集英社)、『甲子園への遺言』(講談社)、『死の淵を見た男─吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)などがある。
阿比留瑠比氏 昭和41年、福岡県出身。早稲田大学政治経済学部を卒業後、平成2年、産経新聞社入社。仙台総局、文化部、社会部を経て政治部へ。首相官邸キャップや外務省兼遊軍担当などを務め、現在政治部編集委員。

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