朝日新聞…朝日新聞1月30日1面より
先週の朝日俳壇に、清冷かつ揺るぎない句があった。〈大根引く大地偽りなかりけり〉。作者の枝澤聖文さんが詠んだのは土の力だという。丹精した畑は裏切らない。手にする恵みの、何という白さ
▼根菜の季節である。通年出回るダイコンやニンジンも滋味を増す。サトイモ、カブ、レンコンあたりを乱切りにして炊けば、和洋中どんな味つけでもうまい。地中で肥える野菜たちの ほっこりした土の匂いこそ、偽りなき大地の刻印だ
▼作家水上勉さんが随筆の中で、料理番組の板前さんに注文をつけている。小芋の皮のむき方が厚すぎると。
「これでは芋が泣く。というよりは……冬じゅう芋をあたためて、香りを育てていた土が泣くだろう」
▼ゴボウの芳香にしても、皮に近いほど深いという。大地と「交感」してきた証しである。そうした履歴もろとも食すのが、けんちん汁でも筑前煮でも、旬に対する礼儀のように思う
▼何にせよ、寒さに耐えたものには嵐とした強さが宿る。ふきのとうの苦みや、雪割草の若紫が五感に染みるのは、越冬の喜びと響き合うからだろう。酷寒の先の安息を願い、心は凍てつく被災地に飛ぶ。仮の宿でも、鍋いっぱいの根菜が湯気を立てていようか
▼寒あれば暖があるように、天地がもたらすのは災いだけではない。一周忌が営まれる頃には、南から柔らかな陽光が戻り、地の恵みを重ね着したタケノコが出る。悲しみにひと区切りはないけれど、手を携えて前に進みたい。まっさらの春が待つ。