曺廷楽とは何者か――朝鮮総連工作員の経歴と資金力の闇。

曺廷楽の生い立ち、朝鮮総連での活動、対南工作、『文世光事件』への関与疑惑、北朝鮮との非合法ルート、そして豪邸や事業経営に象徴される異様な資金力を描いた一篇。
朝鮮総連内部における地位と不釣り合いな羽振りの良さを通して、在日工作組織の実態と闇を浮かび上がらせる論考。

2019-06-16
神戸市灘区に先の豪邸を構えている。
「曺は、朝鮮総連の中では精々、支店長・部長クラス。
それで何であんなに羽振りがいいんだってことになる」(朝鮮総連関係者)

曺廷楽の経歴をここに記す。
曺は1938年、大阪出身。
極貧の生まれで一時、丹波の山奥で炭焼きをしていたこともあった。
1955年の朝鮮総連結成に参加。
本部宣法部指導員・総連灘支部勤務を経て、1960年代中頃には対南工作(対韓国工作)に従事していたようだ。
1968年頃には、朝鮮総連東神戸支部組織部長・尼崎西支部組織部長を務める。
1974年には、在日朝鮮人の青年が朴正熙大統領を狙撃し大統領夫人が亡くなった、所謂『文世光事件』に加担したとされる。
1975年には、韓が日本海を往復する非合法ルートで北朝鮮に渡るのを手伝った。
1980年代は、両親が帰国していた北朝鮮の平安北道・雲山を頻繁に訪れ、雲山の金採掘を党中央に進言している。
曺がこうした非公然組織のリーダーとなったのは、朝鮮総連関係者に言わせると、「金儲けが上手かったからだ」。
彼は山形にマンションを購入し、パチンコ屋を経営する一方で、神戸市灘区に先の豪邸を構えている。
「曺は、朝鮮総連の中では精々、支店長・部長クラス。
それで何であんなに羽振りがいいんだってことになる」(朝鮮総連関係者)。

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