朝日新聞凋落の決定打――慰安婦誤報訂正と“安倍憎し”が招いた末路
拉致問題、NHK番組改変報道、慰安婦誤報訂正、吉田調書誤報を通して、朝日新聞の凋落と“安倍憎し”の構造を描いた一篇。
自国を貶め続けた報道姿勢が、いかに読者の離反と部数低下を招いたかを鋭く問う。
2019-06-06
32年遡って、慰安婦に関する誤報を認め、訂正したのだ。
そして、福島第一原発、吉田調書の誤報と併せ、木村伊量社長は辞任に追い込まれた。
以下は前章の続きである。
アンチ安倍を生んだもの
一部に強烈なアンチを生んだものの、まだまだ「飛ぶ鳥を落とす勢い」だった大新聞と、若き官房副長官だった安倍晋三が拉致問題でぶつかったのはこの頃だ。
帰国した拉致被害者を北朝鮮へ返せという朝日新聞の論調を安倍が批判。
それに対し、朝日が社説で安倍を名指しで批判し返し、さらに安倍が『週刊文春』の誌上で再批判するという展開となった。
当時、マスメディアと喧嘩をして勝った政治家など皆無、形勢は安倍に断然不利だった。
だが皮肉なことに、世間は拉致問題での対応を巡る安倍の毅然とした姿勢を支持し、一躍、ポスト小泉の一番手と目されるようになる。
こうしたなかで、もう一つの衝突事案が持ち上がる。
平成13年、NHKはETV特集で放送した「女性国際戦犯法廷」という番組をめぐる一件である。
これについて、平成17年1月12日、朝日新聞は中川昭一経産相と安倍官房副長官(当時)がNHK上層部に圧力をかけたと報じた。
検証の結果、圧力などはなかったことが判明。
朝日は社長が会見して取材の不十分さを認めたのである(ただし、訂正謝罪はなし)。
このことで朝日新聞の“安倍憎し”は決定的になったと言われている。
朝日新聞の部数に翳りが見え始めるのはこのあとで、凋落がはっきりするのは平成22(2010)年頃である。
この年、朝刊の部数が800万部を切ることとなる。
折しも、この2年前には日本で、インターネットの短文投稿サイト「ツイッター」が登場、平成22年以降使用者が増えていく。
このあと、画像や映像を投稿できるようになるにつれ、拡散力、速報性に優れたSNS(ソーシヤル・ネットワーキング・サービス)が、マスメディアへのカウンター的役割を果たすようになっていく。
そんななかで安倍は二度、総理の座に就く。
一度は朝日新聞をはじめとするマスメディアとの闘争に敗れて、わずか一年で政権の座を明け渡すが、平成24年に返り咲いてからは今日まで、長期政権を張っている。
そして平成26年、朝日新聞の凋落が明らかとなる「事件」が起きた。
32年遡って、慰安婦に関する誤報を認め、訂正したのだ。
そして、福島第一原発、吉田調書の誤報と併せ、木村伊量社長は辞任に追い込まれた。
この年を境に、朝日新聞の朝刊部数は700万部を切り、直近の平成30年の下半期には、5,766,550部にまで落ち込んでいる。
朝日新聞の凋落は今後も続くのか。
内田氏が言うように、いつか突然なくなるのか、それとも関係者の努力で「救われる」日が来るのか?
朝日新聞が安倍憎しで固まるあまり、自国を卑下し、世界の動きから目をそむけ、国民の声を聞かずに上から目線で窘め続けている限り、後者への道はないものと思われる。
さて、令和初日の素粒子は何と書いたか。
けさ、日の丸が林立する銀座・並木通りを歩いて、奉祝ムードに浸りながら考えた。
で、何が変わるのか。
世の中に改めたい問題は多いが、新天皇即位とは関係ないなあ。
これが5月1日の最初の一節。
やっぱりダメだ、こりゃ。