NHK番組制作をめぐる記事の紹介――2013年4月17日付資料を読む
2013年4月17日付の一記事に記された、NHK番組制作に関わったとされる複数人物についての記述を、出典紹介の形で整理した資料的文章である。
個別の記述は原記事の内容紹介として示しつつ、当時ネット上で流通していた情報の一端を確認するための記録として位置づける。
2019-06-05
そこで国際報道及び宣と言う名のディレクターなる女性について検索して見たら、以下の記事が出て来た。
2013年04月17日
「NHKで幹部に昇進した在日が4人李紀彦・玄真行・田容承・朴元瑛源」?
そこで国際報道及び宣と言う名のディレクターなる女性について検索して見たら、以下の記事が出て来た。
以下は、2013年4月17日付の記事に記されていた内容の紹介である。
読者の方から、韓国人ディレクター「田容承」(チョン・ヨンスン)について教えていただき、少し調べてみました。
ネットで、「NHKで幹部に昇進した在日が4人李紀彦・玄真行・田容承・朴元瑛源」という情報が流れていた。
果たして、この4人がNHKで幹部に昇進したのかどうか、確認することはできなかったが、NHKにかつて在職していたり(朴元瑛源)、NHKで放映された番組のディレクターを務めていたことは確認できた(李紀彦・玄真行・田容承)。
NHKが韓国人や在日朝鮮人のディレクターをよく使っていることはわかった。
しかし、少なくともこの中の朴元瑛源(えのもとえいげん)は、子会社「NHKエデュケーショナル」にNHKから出向中、児童買春のため警視庁に逮捕され、東京簡裁から罰金50万円の略式命令を受け、2007年6月26日付けで懲戒免職処分になっていて、少なくとも当時の記事では、現在、NHKに在籍していない「はず」であると記されている。
もし在籍していたら、性犯罪者を復職させたことになり、大問題である。
NHK子会社社員の児童買春:懲戒免職処分に
2007.06.20 毎日新聞社東京朝刊 28頁 社会面
NHKは19日、児童買春禁止法違反容疑で逮捕された子会社「NHKエデュケーショナル」語学部の朴元瑛源チーフプロデューサー(34)=NHKから出向中=を、26日付で懲戒免職処分にすると発表した。
11日に東京簡裁から罰金50万円の略式命令を受け、NHKの調査にも犯行を認めたという。
5月31日、高校1年の女子生徒に現金4万円を払ってわいせつな行為をしたとして、警視庁に逮捕された。
次に、田容承(チョン・ヨンスン)であるが、記事では、韓国・ソウル出身の韓国人ディレクターであると紹介されている。
この人物はテレビ朝日のディレクターでもあったが、NHK「プロジェクトJAPAN」の一環である、ETV特集シリーズ「日本と朝鮮半島2000年」も担当している、と記されている。
また、NHKはなぜ韓国人ディレクターを使ったのか、という疑問が放送当時から呈されていたとも述べられている。
この番組放映当時、来日して8年だったとのことである。
次に、李紀彦については、NHKの「よみがえる海峡を越えた絆・朝鮮通信史400年」という番組を担当したらしいと記されている。
最後の玄真行については、在日韓国人2世であるとし、プロフィールに「1958年、東京生まれ。父母は、韓国済州島出身」とあることが紹介されている。
また、東京ビデオセンターなどに所属しているらしいので、NHK職員ではなく、外注先ではないかと推測される、と書かれている。
◆プロフィール◆
1958年、東京生まれ。
父母は、韓国済州島出身。
兄と2人の姉を持つ末っ子の玄に、父は、「自分のやりたいことをやれ」と言って聞かせていた。
そんな父が高校2年の時、癌で急逝。
ものを表現する自由な仕事をしたいと作家を夢見ていた玄は、家を出て、バイトをしながら受験勉強を続ける。
母が影で支えてくれた。
早稲田大学第2文学部に学び、84年テレビの制作会社テレコム・ジャパンに入社。
活字志向だった玄にとって、テレビは未知の世界だった。
そんな時、脳裏に浮かんだのが、遠い日、テレビを見て泣いていた母の姿。
母は読み書きができない。
でも、テレビは見られる。
「お袋が泣くようなものを作っていこう」
これが原点となり、今へ続くドキュメンタリー作家としての玄の支えとなっていく。
精力的な創作活動が評価される中、「在日だから撮れる」との声に反発し、「人間として人間を撮りたい」と“一番”を目指し、90年フリーに。
和歌を詠む台湾老人に「言葉って何?」と問う「台湾万葉集~命のかぎり詠みゆかむ~」で数々の賞を受賞。
初めて「これが自分の作品」といえるものとなったという。
96年にはクリエイティヴ・ネクサスのチーフディレクターとなり、優れたドキュメンタリーを発表し続けてきた。
在日コリアンのための老人ホームを撮った「故郷の家」では、半年間在日一世を追い続け、母の姿を重ねた。
作品が出来上がった時、母にやさしくなれた自分に気付き、「ドキュメンタリーを撮ることは、人間として自分をマシにしてくれる」と思うようになったという。
節目の20年目、再びフリーとなって韓国に渡り、取り組んだ「シャウト オブ アジア」。
初の劇場公開作品である。
◆おもな演出作品◆
1988年 「幻の東京オリンピック」共同演出(テレビ朝日)
※ギャラクシー大賞受賞
1995年 「台湾万葉集~命のかぎり詠みゆかむ~」(NHK)
ギャラクシー選奨
ATP郵政大臣賞
ATPドキュメンタリー最優秀賞
1996年 「故郷の家~在日韓国・朝鮮人の特別養護老人ホーム~」(フジテレビ)
1997年 「巨鯨に挑む~インドネシアの海人ラマファー~」(関西テレビ)
ATPドキュメンタリー最優秀賞
1998年 「神々の詩アリラン」(TBS)
ギャラクシー奨励賞
1999年 「幻の鯨イッカク~北極・人間たちの大地へ~」(関西テレビ)
ATPドキュメンタリー最優秀賞
ギャラクシー奨励賞
2003年 「アジアの歌」(BSフジ)
2005年 「シャウト オブ アジア」 4月23日~5週間 (渋谷シネ・ラ・セット)
2005年 「にんげんドキュメント かあちゃんは好敵手 棋士・藤沢秀行と妻モト」(NHK)
ATP2005グランプリ受賞
ATPドキュメンタリー最優秀賞
2005年 「そして僕は日本で生まれ育った~在日コリアン・家族の100年~」(NHK)
1995~2005年までの一連の演出に対してATP特別賞(個人賞)受賞
また、記事では、HV特集「この国を見つめて『新在日外国人』」にも触れている。
そこでは、玄氏の両親は在日1世であり、本人は小・中・高・大学と日本語で教育を受け、国籍は「韓国」で、パスポートにも韓国名が記されているが、韓国語はできない、といった説明が紹介されている。
さらに、彼の仕事の後輩としてジョン・ヨン・スンが挙げられ、韓国人で、日本で映像の仕事に携わっているとされている。
最初、ジョンにとって、在日韓国人にどう接したら良いのか分からず、玄氏のパスポートの韓国名にも驚いたという趣旨の記述があったことも紹介されている。
出典として、以下のURLが掲げられていた。
http://www.tvc-net.com/shas/director.html