私は、今は、産経新聞と日経新聞を購読しているのだが、最近、以前に比べたら、読まないに等しいぐらい、新聞に目を通す気がしない。
特に、日経新聞に対して、そうなのだ。
それが産経新聞に対しても連鎖して、全く読まない日もあった。
サッカーやボクシングのスポーツイベントを見逃した事が契機となって、スポーツ欄のチェックだけは欠かさないようにしている。
今日は、最近では珍しく、かつてのように、産経新聞に目を通した。
以下の記事は、日本国民全員が必読である。
<正論>
「非認知能力」は秩序が育てる
神戸大学特別栄誉教授・西村和雄
秩序なくして学力なし。秩序ある学校環境こそが、児童生徒の非認知能力を育て、行動変容と学力向上をもたらす。本稿は大阪市の教育改革を通じて、この関係を検証する。
かつては全国平均の約3倍に達していた児童生徒の暴力行為は劇的に減少し、学校は本来の落ち着きを取り戻した。低い水準に停滞していた学力も、年を追うごとに改善を見せ、令和7年度の大阪府の学力テストでは、ついに小学校・中学校のほとんどの科目で大阪府の平均を上回った。これは、かつては想像もできなかった歴史的な到達点である。
教室の再生―大阪市の改革
なぜ、これほどまでの短期間で劇的な転換が可能だったのか。何が起きたのか。大阪市の教育改革をケーススタディーとして、学校における「秩序」、児童生徒の「非認知能力」、「行動変容」そして「学力向上」の因果関係を明らかにしたい。
学校における「秩序」の安定は、教育活動が成立するための絶対的な前提である。教室で児童生徒が安心して学習に向き合うためには、学校生活における基本的な行動基準が、例外なく共有されていなければならない。
大阪市では、深刻な課題となっていた問題行為に対し、「学校安心ルール」を導入した。これは、何が許されない行為であるかを「事前明示」し、学校全体で一貫した対応を取る仕組みである。
直近のデータでは、暴力行為の発生件数は、小学校では全国平均の10分の1以下となり、中学校でも大幅な減少を見せている。基準が明確化されることで、教員が感情的に叱る必要がなくなり、組織的な指導が可能となった。児童生徒にとっても、学校生活の見通しが明確になった。
この「安心感」を伴う秩序ある教室環境こそが、学習に取り組む行動を定着させるための土台となったのである。ルールが順守される環境でこそ、生徒は感情を制御し、他者と協調する経験を積むことができる。この自己規律の習慣化が、非認知能力を実質的に形作るのである。
聞く・変える・続ける
学校の秩序が回復し、物理的な安全と制度的な機会が確保されると、次に重要になるのは児童生徒の内面的な変容と日常の「行動」である。授業の中でどのように話を聞き、課題に取り組み、学習を継続するかという行動の積み重ねが、学びの質を決定づける。大阪市の教育改革は、この行動の変化を極めて重視してきた。
近年、教育研究や政策の分野で「非認知能力」への関心が世界的に高まっている。粘り強さ(やり抜く力)や自己効力感、規範意識といった能力は、学業成績のみならず、将来の社会的・経済的成功にも大きな影響を及ぼす。これらの能力を教科知識のように直接的に「教える」ことは難しい。
しかし、大阪市の子供たちは、「困っている人を助ける」「自分には良いところがあると思う」「算数の問題を粘り強く考える」といった、非認知能力にかかわる行動指標において顕著な改善を見せている。これらは、児童生徒が授業の中で他者と関わり、自らの力で困難な課題に取り組もうとする姿勢が育ってきたことを示している。
この行動変容の核心を、私は「聞く・変える・続ける」という言葉に集約している。教員の話を素直に聞き、自身の学習のやり方を柔軟に変え、そして学びを投げ出さずに続ける。この基本的な行動が学校生活の中で習慣化されたことこそが、学力向上のエンジンとなったのである。
秩序なくして学力なし
秩序の構築と並行して、大阪市が断行したのは「学校選択制」と「教育バウチャー(塾代助成事業)」の導入であった。行政が「選ぶ権利」と「学ぶ機会」をセットで提供したことは、子供たちの「学びたい」意欲をバックアップする。
大阪市の事例は、行政が「外的な制約」を取り払い、学校は「秩序」をもたらすことで、安全性を担保し、児童生徒の内面的な「行動変容」を促すという、一体化された戦略をとった成果にほかならない。
変えられない過去や家庭環境に目を向けるのではなく、学校という空間において、子供たちが自らの行動を律し、学びを継続する力を育むことこそが、生まれ持った環境の差を乗り越えさせ、すべての子に等しく未来を切り拓(ひら)く力を与えるのである。
昨年度に達成された「府平均超え」という成果は、決して、単なる知識の詰め込みによるものではない。大阪市が進めてきた教育改革が、極めて普遍的かつ科学的なアプローチであることの結果である。
観察データである以上、特定の施策の因果効果を厳密に断定することはできない。それでも、大阪市の経験は、学校の秩序が授業を安定させ、結果として学力向上につながる可能性を示している。秩序なくして学力なし、である。
(にしむら かずお)