日本の「国柄」とは何か――神道・天皇・大和魂を語れなくなった戦後知識人
2019年8月9日発信。産経新聞「正論」に掲載された東京大学名誉教授・平川祐弘氏の論文を紹介。ハンチントンの文明論、日本の宗教文明的独自性、神道と仏教の関係、万世一系の天皇、GHQ史観によって大和魂や日本固有の宗教文化的アイデンティティーを語れなくなった戦後知識人の問題を論じる。
2019-08-09
大和魂が米国占領軍のお達しで禁句となるや、GHQ史観で育った一部日本知識人は、日本固有の宗教文化的アイデンティティーを語ると嫌な顔をする。
以下は昨日の産経新聞、「正論」に、日本の「国柄」とは何だろうか、と題して掲載された平川祐弘東京大学名誉教授の論文からである。
サミュエル・ハンチントンは冷戦後の世界を「文明衝突」の時代と予言した。
2001年9月11日、イスラム過激派が米国で同時多発テロを決行するに及んで、宗教文明史観は的中したかのごとくであった。
このハーバード大教授は、世界を宗教文明圈に分類した。
米国と欧州連合(EU)はキリスト教圈。
中東、パキスタン、インドネシア、マレーシアはイスラム圈。
ロシアやスラブ諸国はギリシヤ正教圈。
中国、韓国、台湾、シンガポールは儒教圈。
インドはヒンズー圈などの単位に収まる。
だが日本はうまく収まらず、儒教圈や仏教圈と異質だという。
舶来宗教というファッション
実は誰しも日本の宗教文明の異質性を薄々感じている。
大陸文化は古代から尊重された。
だが仏道が伝わると、土着の信仰を自覚し、神道と呼び、聖徳太子は「和ヲ以テ貴シトナス」と神仏を共存させた。
舶来宗教がもてはやされる様は『源氏物語』に顕著だが、キリシタンも当初は仏教の一派と錯覚され、デウスは大日如来、マリア様は観音様と同様に崇められた。
その流行の様は、今日ホテルでキリスト教式の結婚式をあげるのと同じだ。
ただしチャペルの挙式が多かろうとも、日本がキリスト教国となったわけではない。
葬式も多くは仏式だが、タイ、ミャンマー並みの仏教国とはいえない。
現に日本人の多くは「無宗教」と答える。
では儒教圈でないのか。
大和言葉の人が漢魂漢才になるとは、菅原道真や紀貫之も思わなかった。
和歌や物語が発達し、理想は和魂漢才だ。
和魂とは、シナ文化輸入以前の日本人の精神だが、和魂の把握は他者との関係だから、幕末以降の和魂洋才の際は儒教精神も含む。
しかし日本人が東洋精神や武士道を主張したのは、強がりもあった。
だから米国に敗れるやインテリは大和魂や神道について黙ってしまった。
ではなぜ日本人は自己の宗教文明史的なアイデンティティーに自信がないのか。
明治21年の憲法制定会議で伊藤博文はこう述べた。
「欧州二於イテハ宗教ナルモノアリテ憲法政治が機軸ヲナシ、深ク人々ノ心二浸潤シテ、人心此二帰一セリ。
シカルニ我国ニアリテハ宗教ナルモノ、ソノカ微弱ニシテ、ヒトツモ国家ノ機軸タルベキモノナシ。
仏教ハヒトタビ隆盛ノ勢ヲ張リ、上下ノ人心ヲ繋ギタルモ、今日ニアリテハ既二衰退二傾キタリ。
神道、祖宗ノ遺訓二基キ之ヲ祖述スト雖モ、宗教トシテ人心ヲ帰向セシムルノカニ乏シ」
それを補うために伊藤は天皇を頂点に戴く「君臣相睦み合う家族国家」を理念とする天皇制という国体を日本に据えた、と一部政治思想家は批判する。
日本には万世一系の天皇
しかし天皇を戴くについては歴史的必然があった。
中国に比べ日本には万世一系の天皇がいる。
それが昔から誇りだった。
日本人は天皇様だけは守りたいと国体護持を条件に昭和20年8月、降伏を受諾し、立憲君主制を維持した。
祖神が天照大神で神道の大祭司である天皇家は、政治権力はなくとも権威はある。
そんな日本の国体を自己誇大化して賛美したのが皇国史観なら、その裏返しが、神道の説明はできずとも、悪口だけは言う、一部知識人の日本観だろう。
自信喪失の敗戦後は、大塚久雄らがまず洋魂洋才が理想だと説いたが、しかし森鷸外が早く見通したように、日本人が安々と自己を捨てるはずもない。
大和魂が米国占領軍のお達しで禁句となるや、GHQ史観で育った一部日本知識人は、日本固有の宗教文化的アイデンティティーを語ると嫌な顔をする。
だが日本の文明史的規定は実証的に語るがよい。
たとえば工藤隆氏は『深層日本論』で日本では神道というアニミズム系文化の基層の上に漢文化や西洋文化の表層が重なって近代化が達成されたと解釈した。
世間の盲点をついた視座で興味深い。
一神教ではゴッドが天地を創造するが、日本では万物は自生する。
その一つ一つに霊が宿るとするからアニミズムという。
わが国では神道の仏教化以上に、仏教が神道化した。
そのことは「山川草木悉皆成仏」が日本人好みの仏典の言葉だと指摘すればわかる。
古来の御霊信仰があるから、日本では死者を「仏さん」と呼ぶ。
ほかの仏教圈にそんな例はない。
GHQ史観の後継者たち
徳川時代の漢学者は中華本位の色眼鏡で日本を批判した。
今の言葉でいえばチャイナ・スクールの偏見だが、本居宣長はそれを漢意と呼んだ。
近頃は日本の宗教学者で西洋一神教本位の色眼鏡で神道を批判する人がいるが、それも西意だと私は言いたい。
戦時中、米軍は天皇と神道を敵視し、明治神宮を爆撃し焼き払った。
だがそんなゴッド・エンペラー観の誤りに気づいたからこそ、フォード以来、米国大統領も明治神宮に参拝する。
それなのに占領軍の神道指令にいまなお従う官界や左翼論壇の人たちは、比較研究者が天皇のおつとめの巨視的な説明に神道的要素をあげると、「なぜいま国体なのか」と色をなし、大げさに騒いでいる。
(ひらかわ すけひろ)