トランプ氏の訪中と日本の戦略|ロスト・チャイナ、毛沢東の対米観、そして日本が執るべき冷徹な外交戦略

5月18日の産経新聞「正論」掲載、文化人類学者・静岡大学教授、楊海英氏の論考を紹介する。トランプ米大統領の訪中を機に、米国が中国を見誤った「ロスト・チャイナ」、毛沢東の対米観、日本を含む中国の世界戦略を振り返り、日本が台湾、イラン、中国情勢を冷徹に見据え、独自の外交戦略を立てる必要を論じる。

以下は5月18日の産経新聞「正論」からである。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。

<正論>トランプ氏の訪中と日本の戦略。
文化人類学者、静岡大学教授・楊海英。

トランプ米大統領の訪中を機会に、現代の米中関係について回顧し、日本の執るべき外交戦略を述べてみたい。
◎「ロスト・チャイナ」
中国は共産党八路軍が僻地・延安に割拠していた時代から米国の代表団と複数回接触していたし、将来は米国のような二大政党が国家を運営する民主主義国家になる、と毛沢東は熱く語っていた。
毛の理念こそ正しく、蔣介石政権の方が腐敗していると見た米国は中国を見誤り、ロスト・チャイナ、すなわち盟友としての中国を失ったのは周知の事実である。
それ以来、台湾へ政権ごと移転した国民党政権を支えながらも北京を根本的に敵に回すことはしなかった。
「中国人民は地球を管理する」「中国こそモスクワ以上に世界革命のセンターだ」と、毛の中国は積極的に米国をはじめ各国の内政に干渉していた。
1963年8月8日、「米帝国主義の人種差別に反対する黒人の正義の闘争を支持する」との声明を毛は発表し、黒人解放運動とニューレフト運動を正面から援護した。
5年後の1968年4月16日には、さらに「暴力に反対する米黒人の闘争を支援する」声明を大々的に宣伝し、「資本主義の独占的ブルジョアによる米国の統治を終わらせるよう」鼓舞した。
当然、中国の一連の支援が、米国の黒人の権利獲得闘争や左派運動に大きな影響を与えたことはいうまでもない。
◎内心では米国が好き。
毛は世界を俯瞰し、ソ連をボスとする国際共産主義陣営との対立が激しくなるにつれ、次第に米国との関係改善に舵を切った。
私の手元に「米国の友人エドガー・スノーとの談話紀要」という「極秘」扱いの公文書がある。
1970年12月18日に毛が米ジャーナリストのスノーと会った際の中共中央弁公庁の記録である。
この公文書は毛の話を忠実に伝えている。
毛は以下のように滔々と語る。
《我々は今、文化大革命という内戦にあり、“all-round civil war”だ。貴殿も含めて、わしの個人崇拝を批判するが、個人崇拝も必要だ。米国だって個人崇拝しているのではないか。首都の名もワシントンだし、ワシントン崇拝だろう。わしは米国民主党が嫌いだ。共和党の方が良い。共和党の方が欺瞞性は低いからだ。左派はだめだ。今日、わしは米国人民と中国人民に期待しているが、ソ連は論外だ。米国は産業が発達しているし、文化的影響力にも普遍性がある。あなた、すなわちスノーは、米国内の革命が発展していると言うので、わしも嬉しい。
ただ、あなたは米国を代表できない。ニクソンこそ米国の代表だ》
以上のように毛は米国に並々ならぬ好意を示し、ニクソン大統領の訪中を熱望していると伝えた。
スノーはベストセラー『中国の赤い星』を1937年に公刊し、「抗日の革命家」毛沢東のイメージを世界に広げた功績で中国共産党に評価されている。
毛自身による加筆を経て出版された同書は、戦後の日本国民の対中感情、なかんずく贖罪意識の醸成に触媒のような働きをしたことも周知の事実である。
◎対米戦略の中の対日関係。
毛の対米政策と戦略には常に日本が含まれていた。
1970年5月20日に毛は「全世界の人民が一致団結して米国侵略者とそのすべての走狗どもを打ち破ろう」という、火薬のにおいが漂う過激な文章を公開した。
毛曰く、米帝国主義は各国人民を虐殺しているだけでなく、自国民をも殺害している。
ニクソンのファシズム的行為が世界各国人民の革命運動に火をつけた。
日本では、日本人民が「復活しつつある日本軍国主義」と闘っている、と書いている。
ところが、スノーと会見した際には以下のようなエピソードを披露している。
《日本人はとても良いことをした。日本人の手伝いがなければ、中国革命も成功していなかった。この前、南郷三郎という資本家がやってきて謝罪してくれた。わしは彼に言った。日本の軍国主義と天皇はわれわれを助けてくれたのだ。あなたたちは中国の大半を占領したことで、中国人民が立ち上がる契機をつくってくれたのだ、と言ってやった…》
このように毛はユーモアたっぷりに日米、日中の関係についての見方を示し、ソ連対策と世界戦略を明示した。
今日、その発言の断片に踊らされる必要はないが、国際関係において永遠の友も敵もいないと理解すべきだろう。
トランプ大統領にロスト・チャイナへの反省と台湾、イラン情勢に関し、北京にどれほどの建設的な関与を引き出す力があるかは未知数である。
ただ、台湾にしてもイランにしても、日本の繁栄にかかわる重要な要素である点に変わりはない。
トランプ大統領はディール、すなわち政治的経済的取引に熱心なようだが、毛沢東の弟子を自任する習近平国家主席に毛ほどの慧眼があるか否かについては悲観的に観察する識者が多い。
そのため、日本は冷徹に独自の戦略を立てる必要があろう。
よう・かいえい。

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