真実を「書かなくて済む」時代は終わった――あいちトリエンナーレ報道と新聞の黙殺

高須克弥氏らによる大村秀章愛知県知事リコール運動を、産経新聞以外の多くの新聞が黙殺した問題を、門田隆将氏のコラムをもとに論じる。あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」をめぐる報道が、少女像問題に矮小化され、日本へのヘイト作品群と税金投入の本質を隠蔽してきた構図を記録する。

2020-06-07
私自身は開会直後に観覧していたので、マスコミがなぜ隠蔽するのかも分かった。
一部の右翼によって表現の自由が日本では侵されていると報じたいのである。
以下は、今日の産経新聞に、真実を「書かなくて済む」時代は終わった、と題して掲載された、門田隆将の連載コラムからである。
6月2日午後2時、名古屋市のホテルで高須克弥氏や百田尚樹氏らが会見し、大村秀章愛知県知事のリコール運動を始めることが発表された。
昨年の「あいちトリエンナーレ」の中の「表現の不自由展・その後」で昭和天皇の肖像がバーナーで焼かれ、足で踏みつけられたり、戦死した先人を揶揄し、冒涜するお墓の作品などが問題となり、これに税金が投入されたことに対して、高須氏が「我々の税金が使われるのは許さない」と異議を申し立てたのだ。
会見は2時間もつづき、地元記者との質疑もあった。
だが翌3日付の東京紙面では、産経のみ〈愛知知事解職へ運動 高須院長「支持できぬ」〉という記事が掲載されたものの、他紙は完全無視した。
私はこの問題を昨年から事あるごとに取り上げてきた。
新聞は展示されていた少女像のみを取り上げ、同展に非難が殺到したのは、一部の右翼や反韓勢力が「少女像の展示に反発して起こったものだ」と印象操作する報道をくり返してきたからだ。
しかし、実際には先に挙げたものをはじめ、日本に対するヘイト作品群に税金が投入されたことが問題になっていた。
私自身は開会直後に観覧していたので、マスコミがなぜ隠蔽するのかも分かった。
一部の右翼によって表現の自由が日本では侵されていると報じたいのである。
そのためには、日本への度を越えたヘイト作品群であることは隠さなければならなかったのだ。
各紙は申し合わせたように「少女像の展示に批判が殺到」と報じ、問題を矮小化した。
そして今回はリコール運動自体を黙殺したのだ。
この運動に対して大阪の吉村洋文知事や名古屋の河村たかし市長まで賛意を表明するなど、ニュース性は高い。
それでも新聞は「報道しない自由」を行使したのである。
かくして“真実はネットから”という意識が国民に定着した。
自らの主義・主張に都合のいい記事しか出ない新聞は見捨てられ、部数は激減の一途を辿っている。
私は高須氏らの会見を見ながら、これを報じるか否かで新聞にまだ「明日」があるかどうかが分かるなあ、などと漠然と考えていた。
結果は前述のとおり、産経以外は報じなかったのである。
長い間、情報を独占し、自分の主張に沿って都合よくこれを加工して大衆に下げ渡してきた新聞。
もう「真実を書かなくてもいい時代」はとっくに終わっているのに、いまだ改革できない組織。
やはり新聞は「消え去る」しかないのだろうか。

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