連合国と左翼の奇妙な野合――GHQ史観に従った戦後日本の自己喪失
敗戦によって自信を喪失した日本人は、戦争を自らの判断で世界史の中に位置づけることができず、GHQという新しい「お上」の歴史解釈に従った。
平川祐弘氏の論文から、連合国による日本帝国への断罪と、左翼による帝国主義国家としての日本糾弾が重なり、大東亜戦争を一面的な侵略戦争として教科書に定着させた「奇妙な野合」の構造を紹介する。
2020-06-22
その際、奇妙な野合が生じた。
連合軍側の、日本帝国を悪として非難する姿勢は、左翼側の、日本を帝国主義国家として糾弾する姿勢に、そのまま重なった。
月刊誌『正論』今月号には、読み残している箇所がたくさんあった。
今朝、平川祐弘さんの連載を読んでいた。
長文である。
その時に、これは今の中国そのものだな、と思った箇所があった。
最後に平川さんがまとめて掲載している註の中には、私の思いが正鵠を射ていたことを証明する箇所があった。
本稿では、それらの箇所と、日本国民全員が知るべき箇所を抜粋してご紹介する。
平川さんの論文は、日本国民のみならず、世界中の人たちが必読である。
強制と和合と野合の歴史解釈
どうして、そのように唯々諾々として支配者に従い、和合したのか。
振り返ると、戦前、戦中の日本人は、肩肘を張り、強がりを言った。
我が国こそが世界一であるかのような掛け声が、世間にも強かった。
軍関係の学校では、その種の精神的な強がりが、金甌無欠とか万邦無比とかの漢語の標語となり、信念となっていた。
リアリズムを欠いた自己中心の世界観は、一種の妄想と言ってもよい。
世界の中における日本の実力を見誤り、敗北を喫した。
蘇峰・徳富猪一郎も、昭和22年3月18日に提出し、全文を却下された東京裁判宣誓供述書で、日本人の自己認識の誤りを、次のように述べている。
「今日に於て日本人を咎むれば、支那を見誤り、米英諸国を見誤り、ソ聯を見誤り、独逸伊太利を見誤り、殊に最も多く日本を見誤り、孫子の所謂る彼を知らず己をしらずして今日の状態に立ち到った一事であって、日本人として自業自得……」
註6
だが、戦後は戦後で自信を喪失したために、敗戦に終わった戦争を、自分自身の判断で世界史の中に位置づけることができなかった。
日本人の多くは自己の判断を放棄し、占領軍総司令部、すなわちGHQという新しいお上の言うままになったのである。
日本人は、戦前も戦後も、世界の中における日本を適切に位置づけることができなかった。
その際、奇妙な野合が生じた。
連合軍側の、日本帝国を悪として非難する姿勢は、左翼側の、日本を帝国主義国家として糾弾する姿勢に、そのまま重なった。
それだから、日本のアジア太平洋地域における“Greater East Asia War”、すなわち大東亜戦争なる戦争は侵略戦争であるとして認知され、日本の歴史教科書にも、そのように記述されるようになったのである。
この“Greater East Asia War”という英語表現は、日本側の一体誰が考えたのだろう。
この表現が与える語感について、イスラエルの日本学者ベン=アミ・シロニーと話していた時、「“Greater”などと形容詞を比較級で用いるから、日本帝国は、これからますます勢力範囲を拡大していくぞ、という悪印象を与えたのだ」と指摘されたことがある。
この稿、続く。