国際機関への巨額拠出と日本外交の不作為――中国の政治力を擁護する論理が露呈させた根本的矛盾

中国がWHOなどの国際機関に資金を拠出し、政治的影響力を行使することを当然視するなら、なぜ日本の外務省は、国連に巨額の資金を提供しながら、国連人権理事会などで展開された反日プロパガンダを阻止できなかったのか。
BSテレ東「日経プラス10」に出演した宮家邦彦氏と坂東眞理子氏の発言を通して、日本外交、国際機関、対中姿勢、安倍政権の新型コロナ対応をめぐる報道の問題を問う。


2020年7月17日
本稿は、2020年7月17日に発信した章である。
当時、新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大する中、世界保健機関、すなわちWHOと中国との関係が大きな問題となっていた。
中国が国際機関に多額の資金を拠出し、その資金力を背景に政治的影響力を行使しているのではないかという批判に対して、元外務省職員で外交評論家の宮家邦彦氏は、BSテレ東「日経プラス10」において、資金を出すことは意見を述べ、政治力を働かせることでもあり、それ自体は批判されるべきではない、との趣旨の発言をした。
しかし、その論理を認めるならば、長年にわたり国際連合へ巨額の分担金を拠出してきた日本が、なぜ国連の場で自国の名誉と国益を守るための政治力を十分に行使できなかったのかという疑問が生じる。
国連人権理事会や国連の各種委員会では、日本に関する事実関係や歴史認識をめぐり、日本政府の見解とは大きく異なる勧告や主張が繰り返されてきた。
日本が国際機関への資金提供を続けながら、その資金力を外交的影響力へと転換できなかったのであれば、それは日本外交の重大な問題である。
本稿の中心にあるのは、中国が政治力を行使することだけを批判するものではない。
中国の影響力を当然の国際政治として説明する一方で、日本外交の不作為については何も問わないという、評論と報道の根本的な矛盾に対する批判である。
また、同番組に出演した坂東眞理子氏が、新型コロナ対応をめぐってドイツのメルケル首相を評価しながら、憲法と法制度上の大きな制約の下で対応した安倍晋三首相について正当に評価しなかったことにも、本稿は強い疑問を呈している。
各国の感染状況や政策を比較する際には、政治指導者の印象だけではなく、憲法、法律、行政権限、感染者数、死者数、経済対策の規模と内容を総合的に検討しなければならない。
以下は、2020年7月17日に発信した本文である。
【原文】
最近、テレビ東京の番組を観る事が多いのだが。
テレビ東京のWBSとBSテレ東「日経プラス10」は、極端に言えば、全く違う。
BSテレ東「日経プラス10」は、NHKや朝日新聞の報道と何ら変わらない。
極言すれば、下らない番組である。
昨夜の宮家邦彦も酷かった。
中庸であるように見せかけてはいるのだが、結局は親中国と何ら変わらない態度で、WHO等における中国の態様の擁護に終始していた。
しかも、その態度が、「私は貴方達と違って、国連や国際政治について精通している」という傲慢さが見え隠れしているから、余計に醜悪なのである。
司会者がWHOに対する中国の態様について意見を求めた時、彼は、こう言って中国を擁護したのである。
「お金を出しているということは口を出すという事、政治力を働かせるという事だから、批判されるべき事ではない……」
私は内心で信長の大音声を発した。
「それならば、何故お前達、外務省職員は、国連人権理事会が何度も日本に対して噴飯物の人権勧告を発して来た時、国連に対して、米国に次いで、他の追随を許さない、圧倒的な、超多額の資金を供与し続けていた日本として、何故、政治力を発揮して、反日プロパガンダによる日本に対する攻撃を阻止しなかったのか。
日本は、中国などの何倍もの巨額の資金提供をしてきた国じゃないか、この唐変木が!」
もう観る気も失せていたのだが、今日も、ふとチャンネルを回した。
坂東眞理子がゲストコメンテーターで出演していた。
案の定、この女性は、コロナ禍に対応した政治家として安倍首相を称賛する事はなかった。
「ドイツション」が多い、所謂文化人達と同様に、見事な対応をした政治家として挙げたのがメルケルだった事には、本当にうんざりした。
即座にチャンネルを切った。
それで厭々ながら本稿を書いている次第である。
坂東眞理子と、こんな者を有難く奉る番組制作者達にも、私は言いたい。
ドイツの憲法と日本の憲法の違い、その制約の言語道断な程の違いを知って発言しているのか!
馬鹿げた制約の中で、日本が、すなわち安倍首相が、どれだけ見事な成果を上げているかは、感染者数、死者数、あるいは緊急経済対策の中身とその金額、etc.。
小学生にも分かる、こんな単純な事も分からない東大卒業生が、所謂知識人として日本を貶めるパターンは、もう、とうに終わっているぞ。
いい加減にしろ。
日経プラス10。
坂東眞理子。
【再掲載にあたって】
本稿で問うているのは、国際機関に対して資金を出すこと自体の是非ではない。
国際機関への拠出を政治力へと転換する中国の行動を、国際政治における当然の行為として説明するのであれば、同じ論理は日本にも適用されなければならない。
日本は長年にわたり、国際連合の主要な資金拠出国であり続けてきた。
それにもかかわらず、国連の場で反日的な主張や、事実関係に疑義のある歴史認識が展開された際、日本政府の反論と情報発信は十分だったのか。
外務省は、日本国民が拠出した巨額の資金に見合う外交力を発揮したのか。
これこそが、本稿の根本的な問いである。
中国が資金、人事、組織票、外交交渉を駆使して国際機関に影響を与えることを、単なる国際政治の現実として容認しながら、日本が同様に自国の名誉と国益を守る努力を怠ったことには触れない。
そのような評論は、中立でも中庸でもない。
中国の行動には理解を示し、日本の不作為を不問に付すという、著しく不均衡な態度である。
新型コロナ対策をめぐる各国比較についても同じである。
ドイツの政治指導者を評価するのであれば、日本とは異なる憲法、法律、行政権限、医療制度、人口構成などを踏まえて比較しなければならない。
日本政府には、欧州諸国の政府と同じ強制力が与えられていたわけではない。
その大きな制約を無視し、安倍政権の対応を評価せず、外国の政治指導者だけを称賛するのは、客観的な比較とはいえない。
日本のメディアや知識人に必要なのは、外国を称賛することで自らの見識を演出することではない。
日本が置かれた法的、歴史的、外交的条件を正確に把握し、その中で何が達成され、何が不足していたのかを、公平に検証することである。

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