憲法第9条は「一個の空文」にすぎない――自衛権放棄が民族の独立を危うくする
日本国憲法第9条について、制定当初の吉田茂首相は自衛戦争まで放棄したと説明し、日本共産党の野坂参三は「一個の空文に過ぎない」と批判した。
朝鮮戦争後、政府とGHQが解釈を百八十度転換した経緯を、産経新聞の「産経抄」を通して検証する。
2018-09-15
憲法9条は「一個の空文」にすぎない――自衛権の放棄が民族の独立を危うくする
以下は、今朝の産経新聞の「産経抄」からである。
実に見事な論文である。
文中強調は私。
「自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も放棄した」。
吉田茂首相は、昭和21年の憲法制定議会で、新憲法第9条についてこう説明した。
自衛戦争すら認めないのだから、この解釈の下で自衛隊が認められる道理はない。
これが当初の政府の憲法解釈だったことを、まず押さえておきたい。
▼興味深いことに、第9条に強く反対したのは共産党だった。
24年間にわたって議長を務めた野坂参三氏――後に除名――は、党を代表して訴えた。
「これは一個の空文に過ぎない」
「わが国の自衛権を放棄して、民族の独立を危うくする危険がある」
▼現在では第9条の護持を唱える共産党の変わり身も、見事である。
ただし、政府も負けてはいない。
大村清一防衛庁長官は昭和29年、「武力攻撃を受けた場合に、国土を防衛する手段として武力を行使することは、憲法に違反しない」とする政府統一見解を表明した。
▼吉田首相は、「近年の戦争の多くは国家防衛権の名に於いて行われた」とも答弁していたが、政府の憲法解釈は百八十度転換した。
その背景には、朝鮮戦争に伴う米占領軍の出兵によって生じた戦略的空白を、日本自身に埋めさせようとした連合国軍総司令部――GHQ――の事情があった。
▼「この理想――第9条――が、あまりにも当然な自己保存の法則に道を譲らなければならぬことはいうまでもない」。
マッカーサー連合国軍最高司令官は昭和26年、日本国民に向けた年頭のメッセージで、こう強調していた。
第9条を自ら押しつけておきながら、ご都合主義の極みである。
▼日本国憲法は、その制定経緯も、審議過程も、条文の解釈も、実はGHQ製であるという点を含め、その場しのぎのごまかしを続けながら今日まで来た。
14日に日本記者クラブの主催で行われた自民党総裁選の討論会を見ながら、改めて、このまま放置することはできないと痛感した。