「日據時代」ではなく「日治時代」――歴史を客観的に認識できなければ、未来を拓くことはできない

産経新聞の矢板明夫外信部次長による「日治時代の意味」から。台湾では、日本統治期を「日據時代」と呼ぶか「日治時代」と呼ぶかが歴史認識を映し出す。台湾人弁護士は、台湾は下関条約という正式な外交文書によって日本に割譲されたと述べ、「歴史を客観的に認識できなければ、未来を拓くことはできない」と語った。

2020年8月12日
以下は昨日の産経新聞に、「日治時代の意味」と題して掲載された、矢板明夫外信部次長の論文からである。
複数の台湾人の友人と食卓を囲み、歴史話に花を咲かせていたときのことだ。
うっかり「日據時代」という言葉を使ったところ、「日治時代が正しい」と全員に注意されてしまった。
「日據時代」も「日治時代」も台湾では同じく1895年から1945年までの50年間の日本統治時代をさすが、使う漢字が異なるため、中国語のニュアンスは違う。
「據」は軍事力などによって無理やり占領するというマイナスイメージがあるのに対し、「治」は「管理する」の意味で中立的だ。
2つの言葉は台湾で長年併用されてきたが、歴史問題で厳しい対日姿勢をとる馬英九政権だった2013年、行政院(内閣に相当)は「すべての公文書は『日據時代』を使うように」との通達を出し、用語の統一を図った。
しかしその3年後、民進党の蔡英文政権が誕生すると、「法的根拠はない」ことを理由に前政権の通達を事実上破棄した。
いまの台湾では一部の親中派を除き「日治時代」との言葉を使う人が主流になっている。
「下関条約という正式の外交文書によって台湾が日本に割譲されたので、無理やりの要素はなかった。歴史を客観的に認識できなければ、未来を拓くことはできない」
という台湾人弁護士の言葉が印象に残った。


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