2012年7月4日 京都府立植物園――夏の光、緑、そして生命 J.S.バッハ(マーラー編)《管弦楽組曲》とともに
2012年7月4日、京都府立植物園。
この年、私はほとんど連日のように、この植物園を訪れて撮影していた。
朝の光。
夏の緑。
咲き始めた花。
盛りを迎えた花。
静かに役目を終えようとしている花。
風に揺れる葉。
水面に落ちる光。
そして、その日、その瞬間にしか存在しなかった生命の姿。
同じ場所を何度訪れても、同じ景色には二度と出会わない。
植物園は毎日少しずつ姿を変え、昨日とは違う光をまとい、昨日とは違う命の表情を見せてくれた。
2012年7月4日に撮影した写真を中心に、その日の京都府立植物園を約18分の映像作品にした。
音楽には、J.S.バッハの作品をグスタフ・マーラーが管弦楽のために編んだ《管弦楽組曲》。
ベルナルト・ハイティンク指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏を使用した。
バッハの音楽には、時間を超えて存在し続ける秩序がある。
マーラーの手を通ることで、その音楽はより大きな空間へと広がり、管弦楽の色彩をまとって呼吸し始める。
そしてハイティンクとコンセルトヘボウの演奏には、音を誇示することなく、音楽そのものを静かに立ち上がらせるような深さがある。
その音楽を聴きながら2012年7月4日の写真を並べていると、植物たちの姿もまた、一つの大きな音楽のように思えてくる。
一輪の花にも始まりがあり、盛りがあり、やがて終わりがある。
しかし、その終わりの後には、また別の生命が始まる。
光も、風も、花も、人間も、同じ場所に留まり続けることはできない。
だからこそ、一瞬は美しい。
写真とは、その二度と戻らない一瞬を残す行為なのだと思う。
2012年、私は京都府立植物園をほとんど毎日のように歩いた。
この作品は、その一年の中の、ただ一日の写真集である。
けれども、その一日の中には、あの年に私が見つめ続けた京都府立植物園の時間が凝縮されている。
バッハからマーラーへ。
マーラーからハイティンクへ。
そして音楽から、京都の花と緑へ。
約18分。
どうぞ、時間を急がずにご覧ください。
2012年7月4日の京都府立植物園は、今もここにあります。