アジア女性基金をめぐる日韓メディアと韓国政治――朝日新聞の「国家補償」論、挺対協、「在野」勢力の影響を検証する
アジア女性基金をめぐり、韓国の挺対協などの市民運動勢力、金泳三・金大中両政権、朝日新聞をはじめとする日韓メディアがどのような役割を果たしたのかを検証する。大沼保昭教授らの証言を軸に、「元慰安婦個人への国家補償」をめぐる報道、韓国の「在野」勢力の政治的影響、慰安婦報道が日韓関係に及ぼした作用を考察する。
2020年8月19日
本稿は、慰安婦問題の解決策として日本側が設立したアジア女性基金が、なぜ韓国社会で強い反発にさらされ、その活動が困難になっていったのかを、韓国政治の構造、市民運動、日韓両国のメディア報道という三つの側面から検証するものである。
特に、大沼保昭教授の証言を通じて、韓国政府と日本側との当初の認識、挺対協などの反対運動、金大中政権成立後の政治環境、そして朝日新聞の報道姿勢が論じられている。
「在野」勢力が次の権力となる韓国の政治風土
それはともかく、一市民団体がどうして政府まで動かし、入国禁止措置を取らすことまで可能なのか。
それは、民主化闘争を担った反政府団体の発言権が、87年の民主化実現で一気に高まったからだ。
93年の金泳三政権誕生とともに、日本側の解決策としての河野談話発表からアジア女性基金設立への流れが始まったのだが、大沼教授は、「この問題は日韓基本条約の請求権協定で解決しているが、道義的立場からアジア女性基金を作ったことを、村山内閣の五十嵐広三官房長官が直接、金泳三大統領に伝えた。
韓国側は批判したり妨害したりしないとの回答を得て、本格的にスタートしたとたんに、挺対協などの支援団体が強硬に反対し、それが日韓のマスコミに増幅して報道された」と振り返る。
96年、慰安婦を「性奴隷」と規定し、日本に国家補償を要求するクマラスワミ報告が国連人権委員会に提出されると、挺対協と同調する支援団体はさらに勢いづく。
その暴風雨下で金泳三政権は揺れに揺れ、アジア女性基金を支持するほとんど唯一といえる団体だったハッキリ会代表への入国拒否へとなったのだ。
韓国では、その時々の反体制派などを「在野」「運動圏」と呼ぶ。
南北に分断し、地域、保守と進歩、世代、階層などの激しい対立が重なり合う韓国には、今日の敗者が明日の勝者となる政治風土がある。
在野とは、そうした「明日の権力者」がだれになってもおかしくない、韓国の対決の社会が生んだ勢力だ。
98年の左派進歩政権、金大中政権の誕生で、アジア女性基金の運命は決定づけられたと言える。
軍事独裁政権下で金大中氏の反独裁闘争の一翼を担った層が加わる挺対協は、まさに「権力」になったからだ。
その年の雑誌「世界」10月号のインタビュー記事で、訪日を前にした金大中大統領自身が、「我々は国民基金のお金をハルモニ(おばあさん)たちが受け取るのに反対しました」と述べ、アジア女性基金という卓袱台をひっくり返したことを強調した。
前政権を完全否定することで新政権が正当性をアピールするのが常の朝鮮半島の長い政治風土のなかで「在野」が権力と一体となった時、どのような力を発揮するかの好例でもあるが、こうした事態に至った時、日本政府や関係者の対応はいかがだったか。
検証しなければならないところだろう。
それにしても、当時の小渕恵三首相とともに、「21世紀に向けた日韓パートナーシップ」を宣言し、日韓関係の改善に力を発揮したと評価されがちな金大中大統領だが、慰安婦問題で見る限り、政権の沃土といえる「在野パワー」に煽られ、今日の日韓の深刻な対立を引き起こした大統領だった、ともいえるのではないか。
日本側に、在野を説得する迫力が欠けていたことが、最大の要因ではあるにしても…。
大沼教授、五十嵐官房長官、原文兵衛アジア女性基金初代理事長、それに東京従軍慰安婦訴訟の高木健一弁護士は、アジア女性基金に先立つ、サハリン残留韓国人問題で、訴訟の結末とは別に、日本政府の資金でサハリン残留韓国人の韓国永住帰国を実現させた。
その成功体験を、アジア女性基金に重ねすぎたとの見方もある。
尋ねると大沼教授は、「サハリンとの違いは、超党派の国会議員による応援団ができたか、できなかったかにある」と答えた。
なぜ、できなかったのか。
そのことも今後の検証課題だろう。
大沼教授は、朝日新聞がアジア女性基金の償い金などを否定的にとらえ、「元慰安婦個人への国家補償が正しい」という主旨の報道を主に社会面で続けたと残念がる。
先の下村さんも、「国交正常化の時の請求権協定からして、挺対協が主張するような国家補償はありえない」と見ている。
そうした中で興味深いのは、先の大沼教授のインタビューで、韓国メディアの記者は、慰安婦報道の反省として、「挺対協を鵜呑みにした」ことを挙げていることだ。
このことは、朝日新聞などの日本マスコミの当時の報道姿勢や論調に韓国マスコミが影響を受けて、挺対協の主張が韓国でより説得力をもっていく結果になったということを物語っているのではないか。
韓国では、軍事独裁政権の言論弾圧下、事実を追えば記事が書けなくなるという現実の中での「事実」の軽視、一方での新聞資本と政権との「もたれ合い」への疑惑などで、国内メディアより日本の報道が影響力を持つ時期が長く続いた。
92年1月の宮沢喜一首相(当時)の訪韓直前、日本軍が11歳の韓国人少女を慰安婦にして弄んだなどの根拠のない話を東亜日報が報じ、韓国社会は激高したが、これは、作り話だった「吉田証言」を明らかに下絵にした誤報であっただろうことが、好例のひとつだ。
朝日新聞は、「吉田証言」などをめぐる誤報が、日韓関係などに与えた影響を第三者委員会が検証するとしているが、慰安婦報道の全体を、社説やコラムを含めて検証しなければ、朝日新聞の慰安婦報道がどのように韓国社会に刷り込まれていったかは分からない気がする。
韓国の大学教授らの話では、現在の挺対協尹美香代表の夫らが北朝鮮スパイとして疑われ有罪判決を受けたことや、これまでの活動内容から北朝鮮のために活動する従北団体ではないかとの見方が出て、韓国社会でも挺対協への批判が強まり、影響力は減っているという。
後略