安倍晋三首相が変革した対中外交――前提条件なき日中首脳会談と、日本が初めて勝ち取った外交的主導権
矢板明夫氏の論文「安倍首相が変えた対中外交」を引用し、安倍晋三首相が中国側の前提条件を拒絶して習近平国家主席との初会談を実現させ、日本の対中外交に主導権を取り戻した歴史的意義を検証する。
2020年9月2日
以下は、2020年9月2日付の産経新聞に「安倍首相が変えた対中外交」と題して掲載された、台北支局長・矢板明夫氏の論文からである。
2014年11月、北京で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)において、安倍晋三首相と習近平国家主席との初会談が実現した。
中国側は、それまで靖国神社参拝と尖閣諸島の領有権問題をめぐる日本側の譲歩を、日中首脳会談開催の事実上の前提条件として要求していた。
しかし安倍首相は、「前提条件なしなら会う」という姿勢を一切崩さなかった。
中国当局が日本国内の親中勢力などを動員し、さまざまな揺さぶりをかけても、安倍首相は妥協せず、最終的には中国側が折れる形で会談が実現したのである。
矢板明夫氏は、この約25分間の初会談を、長い対中外交史上、初めてといってよいほどの「日本側の鮮やかな勝利」と評価している。
以下、引用する。
【矢板明夫氏の論文から】
これまでの記者人生の中で、強く印象に残った場面はいくつかある。
2014年11月に取材した安倍晋三首相の訪中はその一つだ。
北京で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)に出席する安倍氏を出迎えたホスト役の習近平国家主席は、「顔も見たくない」とでもいうような仏頂面だったことに驚いた。
習氏の表情は悔しさの表れだった。
安倍氏の首相就任からそれまでの約2年間、中国は日中首脳会談開催の条件として靖国神社参拝と尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有権をめぐる日本側の譲歩を要求し続けたが、「前提条件なしなら会う」と安倍氏は「ゼロ回答」を貫いた。
中国当局は日本国内の親中勢力などを動員してさまざまな揺さぶりをかけた。
それまでの政権なら「折衷案」を提示するなど右往左往するはずだが、安倍氏はまったくぶれず、中国側が折れる形で決着した。
その時に実現した約25分間の安倍氏と習氏の初会談は、長い対中外交史上、初めてといっていいほど日本側の鮮やかな勝利だった。
安倍政権までの日中関係は、ほぼ中国のペースで進んだ。
歴史認識や日中戦争中の慰安婦問題、尖閣などをめぐって不満をいわれる一方、日本は政府開発援助(ODA)などを通じて経済支援する、という極めていびつな構図が続いたが、安倍氏によって少しずつ是正された。
安倍氏は15年に戦後70年談話を発表し、子孫に「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と強調した。
以降、歴史問題に関する謝罪や反省を求める中国の要求を一切取り合わず、中国が長年使ってきた歴史カードを封印させることに成功した。
日中関係はようやく「未来志向」となった。
対中ODAを終了させたことも英断だった。
南シナ海への拡張など、日本と直接関係のない事案でも積極的に中国に「ものをいう」ことも安倍氏のスタイルで、日中関係で日本が主導権を握る場面は珍しいことではなくなった。
トランプ米大統領と親密な関係を築き、「日米関係」にしっかりと軸足を置いた安倍政権の対中姿勢は、東南アジアなど周辺国から厚く信頼された。
中国の圧力を受ける台湾の与党系シンクタンクの研究者は、「安倍氏は中国の脅威に対抗してくれるリーダーのような存在だった。必ず味方になってくれ、いつも心強く感じていた」と振り返った。
もちろん、安倍政権の対中外交は百点満点ではなかった。
尖閣周辺への中国公船の頻繁な出没に対し、もっと強い姿勢を示す必要があったのではないか、などと思うことはある。
失点といえば、習氏に「桜の咲く頃、国賓として日本にお迎えしたい」と言ったことかもしれない。
礼儀上、指導者同士の招待を取り消せないため、この問題はこれからの日本外交の足かせになる可能性がある。
8月28日の安倍氏の辞任会見の翌日、中国共産党の機関紙、人民日報傘下の環球時報は社説で、「日本は私たちが味方にする必要のある国だ。対中問題で日米は必ずしも一枚岩ではない」と強調した。
中国は首相交代を「チャンス」とみているようで、日米分断を図るため、さまざまな策略を仕掛けてくるに違いない。
次期政権には残る課題に対処しつつ、動揺することなく安倍政権の対中姿勢をしっかりと引き継いでもらいたい。