日本人の子供たちの尊厳と「恥」の精神性――慰安婦報道、朝日新聞の責任、真珠湾攻撃の教訓
2017-6-23
以下は前章の続きである。
子供たちの尊厳が傷付けられている
私の子供も外国の小学校に通っていました。
七〇年代の終わりにエディンバラにいた時には、小学校だった私の息子は「お前、チャイニーズか」と訊かれ、「ジャパニーズだ」と答えると、いきなり唾をひっかけられたことがあったそうです。
学校自体は音楽学校でいい友達も多く、「イギリス人にはいい奴も嫌な奴もいる」とバランスのとれた考えを持つ余裕もあったようですが、学校で慰安婦に関する説明を受け、日本軍の悪事に対する知識が植え付けられれば、日本人の子供たちが学校でいじめに遭う可能性もあります。
日本人としての誇りを感じるどころか、自尊心を大きく傷つけられてしまうのではないでしょうか。
いまも私の孫娘が外国の学校にいますし、昔よりも海外で生活している日本人が多い時代です。
決して他人事ではありません。
日本の多くの人たちが、「もし自分の子供がそんな目に遭ったら」と感じるはずです。
ところが、朝日新聞の社員たちはそうは感じないようです。
朝日の海外特派員の子供がこういう目に遭わないとも限らないのに、なぜ声をあげないのでしょうか。
また、朝日を擁護する人たちは、外国に子供を置いたことがないのか、あるいは鈍感なのか。
やってもいないことで、日本の子供たちが背負わなくていい重荷を背負わされている状況をなぜ問題視しないのか、理解できません。
朝日新聞は昨年八月になって、やっと慰安婦報道に関する検証を行いました。
安倍政権が河野談話の発表の経緯などを再調査すると言ったことから、自分たちの記事に対する検証も行われるのではと考え、こらえきれずに自ら記事の検証を行ったのでしょう。
しかし、いわゆる「従軍慰安婦問題」は朝日新聞が書き始めた当初から、特に私たちの世代の人間は朝日新聞がいかに出鱈目を書いているか、みんな知っていました。
そもそも「従軍記者」「従軍看護婦」などの言葉はあっても、「従軍慰安婦」という名称は存在しなかったのです。
「女子挺身隊」と慰安婦は何の関係もないし、ましてや強制連行などあったはずもない。
家の娘が強制的に連れ去られるとなれば、朝鮮の男たちは黙っていなかったはずです。
しかし、「少女連れ去り」に対抗する運動などは一切起こっていません。
慰安婦は業者が募集したもので、募集広告は当時の新聞にも掲載されています。
待遇もよく、将官級の給料が出ていたため、内地の遊郭で働いていた慰安婦が応募して出稼ぎに行ったケースも少なくありません。
つまり、強制連行などはなかったのです。
少女の強制連行、性奴隷制度……そんなものはないと日本人はみんな知っていました。
秦郁彦さんのように、現地へ飛んで吉田清治の証言の裏取りをして「あれはウソだった」と指摘した人もいましたし、西岡力さんのような専門家も出てきて、二十年以上にわたって「朝日の言うような強制連行、性奴隷制など絶対にない」と言ってきた。
にもかかわらず、それがあるかのように書き続けてきたのは朝日新聞なのです。
「恥」という精神性
一万人訴訟の裁判の行方がどうなるかは分かりません。
しかし何としても、朝日新聞は日本国民に対して謝罪し、責任を取ってもらわねばなりません。
「恥」の概念は、日本という文明国の精神性を表すものです。
誤報を認めながら自己弁護に終始し、日本国民に対する謝罪の言葉さえ口にしない朝日新聞は「恥」を知るべきです。
ここで我々は、真珠湾攻撃のあった昭和十六年十二月八日のことも思い出すべきです。
天皇陛下も山本五卜六も、国交断絶書が攻撃の前にアメリカ国務省に手渡されるよう希望し、その点については念を押していました。
そして、アメリカにある日本大使館には「重要な電報が行くぞ」というパイロット電報まで出されていたのです。
しかし、大使館員の不心得によって、指令の如く、「現地時間内、午後一時に手渡す」という期限に間に合わなくなった。
そしてハル長官に手渡す約束は午後一時に予約を取りながら、途中で二時にしたのです。
この間に真珠湾攻撃が始まりました。
それで、「外交交渉の最中に攻撃した」として日本人のずるさが世界に印象付けられるチャンスをルーズベルトに与えたのです。
維新以来、日本人は正直、その軍隊は立派であるという評判を一挙にダメにしました。
この時の大使館の外交官たちは、揃ってペンシルヴァニア・アヴェニューでお詫びの切腹をしてくれれば「日本人はずるい」という恥ずかしい評判を消せたでしょう。
しかし、そうしないで帰国させてしまった。
そのおかげで、日本人はいまに至るも損しています。
朝日新聞の社長には、このことを忘れてもらっては困るのです。
(『WiLL』二〇一五年四月号初出)