朝日新聞の窮状と反安倍――「救うべきか」を問う言論空間の欺瞞
朝日新聞の財政難をめぐる内田樹氏の発言を手がかりに、新聞を「救う」べきか否か、そして朝日新聞が日本の国益と名誉に与えてきた影響を問う一篇。
平成という時代を通して続いた反安倍と反日的論調の帰結を鋭く見つめる。
2019-06-06
大変だ!と思っている内田氏らが、朝日の関係者と協力して「救う」手段でもなんでも講じればよい。
以下は前章の続きである。
朝日新聞の窮状と反安倍
ここでもう一度、内田樹氏のツィッターを覗いてみよう。
朝日新聞はなんだか財政的にひどいことになっているみたいですね。
連載コラムの原稿料が20%カットになったという話を先日ある書き手の方から聞きましたけれど、今日オファーされた対談(1時間程度)の提示ギャラは1万円でした。
朝日新聞・・・だいじょうぶかな。(4月16日)
内田氏はこのあとも連続ツイートし、《僕はギャラが少ないって文句言ってるんじゃないですよ》などと自己弁護しながら、《このままだとある日突然日本を代表する全国紙が消えて、読者が度肝を抜かれるという事態があり得る》と言い、さらにこう結ぶ。
それがもたらす社会的影響の大きさを考えると、(中略)「どうやって新聞を支えるか」はメディアがその総力を挙げて論じるべきことなんじゃないですか?違う?
うーん。
どことなく素粒子と似た、何を言いたいのかわからない呟きとなっている。
一時間一万円を、安いと考えるか高いと考えるかはその人次第だ。
ただ、内田氏だけではなく、不肖私も含め、言論を仕事とする者の場合、必ずしも拘束される時間で「ギャラ」が決まるわけでも保証されるわけでもない。
金銭的に割の良い仕事もあれば、そうでない仕事もある。
業界関係者がよく言う譬えに、「下調べにかけた時間などを含むと、ファストフードの店員さんより時給が安かった」というような仕事もある。
しかし、仕事を選ぶ基準が金銭だけではないというのも自由な立場の言論人の特権だ。
割の良い仕事でも嫌なら断ればいいし、金銭的メリットは少なくてもやるべきと思う仕事はある。
ある編集者は、このあと内田氏がはたして、一万円の朝日の「対談」の仕事を引き受けたのか否か、訊いてみたいと言っていた。
一方、私が内田氏のツイートのなかで気になっているのは、氏の言う「朝日のような全国紙が突然消えたら大変だ」というところである。
氏は救うために知恵を結集せよと言っているが、はたしてそうだろうか。
私たち日本国民は、平成の御代にメガバンクをはじめとする金融機関の統廃合や大手企業の合併、経営破綻を経験している。
それに比べたら、こう言っては悪いが、たかだか日本の全国紙一紙、しかも日本の国益と日本人の名誉にマイナスの影響を与え続けてきた一紙がなくなったところで、多くの国民にとって大事になるとは思えない。
大変だ!と思っている内田氏らが、朝日の関係者と協力して「救う」手段でもなんでも講じればよい。
この稿続く。