天安門後の妥協と「中国モデル」の拡大――人類文明の腐敗を告発する警鐘

天安門事件後、西側諸国が中国への制裁解除へと傾いた背景と、その後に拡大した「中国モデル」の本質を論じた一篇。
民主主義、人権、自由という価値観が拝金主義とプロパガンダに侵食される21世紀世界の危機を鋭く告発する。

2019-06-06
ハルパー氏は、そうした極端な「経済成長万能主義」という中国モデルがアジアやアフリカ、ラテンアメリカで急速に拡大し、徐々に世界を覆いつつあることに警鐘を鳴らしている。

以下は月刊誌「正論」今月号に掲載された中西輝政氏の論文の続きである。
そして、この天安門事件では、日本自身の外交にも苦い教訓とすべきことがある。
1992(平成4)年の「天皇陛下ご訪中」である。
このご訪中をきっかけに、日本をはじめ各国の対中援助や投資が再び盛んになったのだが、当時の中国外相の銭其琿が後に回顧したように、ご訪中は、天安門事件直後の西側諸国による対中制裁網を打破する中国当局による対日工作の「成果」であったのだ。
ただ筆者は、将来日中両国が本当の和解と共存を果たし、このご訪中が、「両国民の歴史的和解のきっかけになった」と評価される時代が来ることも信じている。
しかし、このたびの御代替わりに際し、日本のあるテレビの特集で、当時の外務省アジア局長だった池田維氏がインタビューに答えて、実は、ご訪中から相当な時間が経ってから、上皇陛下が「私の訪中は正しかったのでしょうか」と池田氏にお尋ねになったことを明らかにしている。
上皇陛下にそれだけのご懸念を抱かせていたのだということを、忘れてはならない。
おそらく、日本があのご訪中に踏み切った背景にはワシントンの暗黙ないし明瞭な同意があったことも十分に考えられる。
つまり、なぜ、アメリカはここでも、対中制裁の解除の方向で動いたのであろうか。
重大な疑問である。
人類文明の腐敗の始まり
天安門事件後のアメリカを中心とする西側諸国の中国への安易な妥協の背景にはもちろん、巨大な人口を抱える中国の市場としての「魅力」に抗しえなかったこともあろう。
ただ、この時にアメリカや日本が率先して、自由や民主主義、人権の重視という原則を踏み外したことが、今日の中国の「世界覇権への挑戦」を現実のものとしてしまったことは、ここでもう一度、深く掘り下げて論じておく必要がある。
21世紀の世界秩序は、「熱狂」と「腐敗」によって支配されると、私はつとに指摘してきた(参照『異文化との出会い』京都大学学術出版会、1998年所収中、中西輝政「冷戦後の国際秩序」)。
「熱狂」とは、たとえば過激なイスラム原理主義、あるいはアメリカが唯一の覇権国として推し進めてきた「新世界秩序」としてのグローバリズムである。
「腐敗」とは、端的に言えば金銭欲や拝金主義である。
個人も国家も、19世紀や20世紀と比べてマネーパワーに動かされる比重が格段に高くなり、拝金主義に覆われる世界になりつつある。
これは、グローバル・エコノミーの出現によってもたらされた人類文明全体の腐敗以外のなにものでもないのだが、民主主義、自由や人権の重視といった、20世紀世界の律儀で横溢する正義感に支えられた価値観が後退し、マネーパワーに侵食されている21世紀世界の歴史的潮流といえる。
その背景の1つは、19~20世紀に世界を席巻したイデオロギーにもはや魅力がなくなったことであろう。
その1つで、労働の搾取や人間疎外からの解放を目指したマルクス主義イデオロギーは、今振り返ると真面目で潔癖ではあり、だからこそ、その分派がファシズムという狂気にも走ったのであろう。
そうしたイデオロギーや価値観が人間行動の動機として弱体化したら、その精神の空白に金銭欲や物質欲が入り込み、取って替わるのは自明の理である。
拝金主義がはびこる理由の2つ目は、IT技術の進歩であろう。
SNS(会員制交流サイト)という個人主義化した先端技術によって、全てが「広告」という疑似現実で動く世界になりつつある。
「広告」、つまりプロパガンダ万能の「ポスト真実」的な心理空間を、現代に生きる我々は日々植え付けられている。
フェイクニュースが横溢するのも、そんな下地があるからである。
事実に則って冷静で成熟した議論を重ねていくことが前提の民主主義は今や内側から空洞化しつつある。
このような人類文明の腐敗を、先頭に立って利用し、実践しているのが、中国共産党の世界戦略だという指摘がある。
ステファン・ハルパーという英ケンブリッジ大学モードリン・カレッジフェロー(のちにトランプ政権の「ロシア疑惑」問題でも一時話題になった)が、『北京コンセンサスー中国流が世界を動かす』(2011年、岩波書店)という著作で分析しているが、同書によれば、経済活動上、民主主義や人権といった西側諸国にとっての「普遍的価値観」を除外することが経済成長にとってはプラスであり、それらは体制安定にとっての阻害要因でさえあると考えるのが、「中国型経済モデル」であるという。
ハルパー氏は、そうした極端な「経済成長万能主義」という中国モデルがアジアやアフリカ、ラテンアメリカで急速に拡大し、徐々に世界を覆いつつあることに警鐘を鳴らしている。
この稿続く。

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