新憲法は失効させるべし――日本国憲法は「条約憲法」であり「占領政策基本法」である
日本国憲法は主権国家が自主制定した通常の憲法ではなく、占領下で押しつけられた「条約憲法」であり、正確には「占領政策基本法」であると論じる一篇。
独立回復時に失効させるべきだったという視点から、明治憲法、主権、改憲論、そして日本の戦後常識の歪みを根本から問い直している。
2019-06-01
言い換えれば、日本国憲法は条約憲法で普通の憲法ではない。
正確に言えば、占領政策基本法ということになるだろう。
以下の書は日本国民全員が必読であるのみならず世界中の人たちにも必読の書である。
朝日新聞を購読しNHKを視聴しているだけの人たちが全く知らなかった事実…知らされなかった事実が満載されている。
戦後の世界で最高の書の一つである。
渡部昇一氏は私の生まれ故郷である宮城県の隣県である山形県の出身である。
山形県人は、戦後日本で最高の知識人であり日本の本物の宝物である氏の同郷人である事を日本と世界に向かって誇り続けなければならない。
新憲法は失効させるべし
では、護憲学者、が主張する日本国憲法の正統性についてはどう考えればよいか。
憲法学者のなかでおそらく唯一、大学を出ていない南出喜久治弁護士の意見が一番、筋が通っていると思う。
ポツダム宣言で、天皇は「subject to」された。
その後、憲法を作れという命令が下り、草案まで押しつけられた。
それを新憲法にするために「憲法草案委員会」というものが作られたが、99パーセントは占領軍の原案を翻訳するのが仕事だった。
日本の委員たちが草案を作ったわけではない。
そして、天皇陛下は占領軍統治下だから被脅迫状況にあった。
したがって、憲法上諭に正統性はないと言える。
なにしろ、連合国軍総司令官に「隷属して」おられたわけだから。
「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至ったことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢(しじゅん)及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」
上諭にはこうあるが、日本国民の総意に基づいてなどいないことは明白である。
占領下には「プレスコード」があったから情報が漏れるわけがなく、いわんや憲法草案の批判などできるはずがない。
だから天皇陛下は嘘を言わされたことになる。
この状況をどう説明すればよいか。
「条約憲法」という概念がある。
日本が連合軍の占領下にあり、天皇陛下も連合国軍総司令官に隷属されていたということは、つまり日本政府そのものが連合軍に隷属していたのである。
そのなかで新憲法を作ったということは、これは占領軍とのポツダム宣言に基づく条約だと考えられる。
言い換えれば、日本国憲法は条約憲法で普通の憲法ではない。
正確に言えば、占領政策基本法ということになるだろう。
条約憲法だから、条約の終結時、つまり独立回復時に日本政府は日本国憲法を失効とし、主権の発動たる憲法、つまり普通の憲法の制定か明治憲法に復帰を宣言し、それと同時に、その手続きに基づき明治憲法の改正をしなければならなかった。
まして、占領軍の作った下書きに基づいて作らされた日本国憲法をずるずると崇め、またそれを改正していくということをすべきではないのである。
フランスはドイツに占領されてビシー政権(注I)になった経験があるから、国土の一部、および全部が占領されている時は憲法を改正してはいけないことになっている。
そしてド・ゴールが政権を取った時、ビシー政権で制定されたことはすべてなかったことにした。
いま、日本国憲法を改正しようという議論があるが、これは必ずあとで傷となる。
素人の私にも気がつくことに、将来の憲法学者が気づかないわけがない。
主権のない時代に作られた憲法を改正したりしたら、独立後の日本人がその憲法に正統性を与えたことになるという議論がのちに必ず起こる。
もちろん、新しく作る憲法の中身は現日本国憲法と同じでもいい。
しかし、いまの憲法は一度失効させねばならない。
憲法第九十六条の改正条項について、日本は何年間も議論を続けている。
占領軍が全体を十日足らずで作ったものであるにもかかわらず、改正条項だけで日本をあげて何年も議論しているのである。
滑稽極まりない。
なぜ滑稽か。
インチキだからだ。
筋が通っていないから滑稽なのである。
以前、政治評論家の竹村健一氏が「世界の常識は日本の非常識、日本の常識は世界の非常識」と言った。
それについては、ほとんどの外国人が頷いている。
なるほど、戦後の「日本の常識は世界の非常識」だが、戦前の日本はそう言われただろうか。
そんなことはない。
日本は明治以来、日本の常識を世界の常識に合わせる努力をしてきた。
明治憲法もそれを目指したものだったから、明治以後の日本のスタンダードは間違いなく世界のスタンダードだったのである。
ところが、「占領政策基本法」である日本国憲法を本物の憲法だというようなインチキな主張を盾にとると、すべてがおかしくなる。
何かにつけて「日本の常識は世界の非常識」になったわけである。
日本国憲法前文には、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」(下線渡部)と記されている。
たとえば、モナコがフランスに安全を委ねるように、小さな国が大きな国と同盟を結ぶ時に安全を委ねるということはあるだろう。
しかし、他国を信頼して生存を委ねるなどという馬鹿な国はない。
国民を生かすも殺すも他国に委ねるというこの部分だけを読んでも、「これは憲法ではありません」と言っているに等しい。
しかも我々の周囲の国を見よ。
ソ連は戦争が終わってからも何十万人もの日本人を拉致し、何万人も餓死・凍死させた国だ。
北朝鮮は世襲の独裁国、韓国は日韓基本条約も守れない国、中国は自国民を数千万人も虐殺し、しかもチベットやウイグルを侵略して残虐行為を続けている国だ。
アメリカだってポツダム官言を無視して、日本が無条件降伏したことにした国だ。
そういう国々に、日本人が自分の安全と生命を信頼して預けようというのか。
そんな憲法があるわけはない。
(注1)ビシー政権 1940年(昭和15)、ナチス・ドイツの攻撃を受けて敗北したフランスが、前内閣の副首相、ペタン元帥を首班として中部の都市ビシーにおいた政権。
ドイツの支配力が強く、かつ親ドイツ的たったためレジスタンス勢力との内戦を招き、44年、連合国によるフランス解放とともに政府は消滅。
関係者は処罰された。