朝日新聞の「人権」とは何か――被害者を見ず、犯罪者を擁護してきた新聞の欺瞞

2019年7月1日に書かれた本稿では、少年事件報道をめぐる日本の新聞界、とりわけ朝日新聞の欺瞞を厳しく問う。
高山正之と門田隆将の対話を通して、加害者の人権ばかりを過剰に擁護し、被害者の痛みや社会の安全を顧みなかった戦後メディアの病理を浮き彫りにする。
週刊新潮の少年法キャンペーン、岡村勲弁護士の転機、全国犯罪被害者の会の成立を踏まえながら、日本の新聞と法曹界の偽善と責任を問う重要な一篇である。

2019-07-01
90年代、『週刊新潮』のデスクとして、私はこの少年事件におけるマスコミの欺瞞について、延々と闘いました。
週刊新潮の少年法キャンペーンです。

以下は前章の続きである。
確信犯の朝日
門田
問題は新聞社の上層部です。
「我々は今まで通リの方針を続ける」という気概を示した上層部の人間はいなかったのですか。
高山 
それはいませんでした。
各社で編集局長会議というのがあるけど、その会議での申し合わせのようだった。
門田 
「それはおかしいじゃないか」と、産経や読売といった現実路線の新聞社には抵抗を示してほしかったと思います。
ところが、どこも流れに屈してしまった感があります。 
90年代、『週刊新潮』のデスクとして、私はこの少年事件におけるマスコミの欺瞞について、延々と闘いました。
週刊新潮の少年法キャンペーンです。
そこには、「真の人権とは何か?」という考えが根底にあり、先ほども言ったように平穏に暮らすわが子供たちの命を守るということをもとに論陣を張りました。
ところが、朝日や毎日をはじめ日本の新聞は、加害者の利益を過剰に擁護することが「人権を守ること」だと完全に勘違いしていました。
高山 
犯罪者側の人権だ。
門田 
犯罪者の人権は、十分守られています。
西部劇を見れば、捕まったら即、縛り首ですが、近代国家では、犯人が逮捕され、取り調べを受け、送検され、裁判も受ける。
誰のリンチを受けるわけでもなく、きちんと一連の手続きが行使され、犯罪者の人権は守られているのです。 
ところが、少年による凶悪犯罪事件になると、急にマスコミは綺麗ごとを言い始める。
当時、少年院からは最長2年で戻ってきていました。
つまり、人を殺しても、わずか2年で、元のコミュニティに戻ってきていたのです。
そうなると、更生もされていない犯罪少年が社会に出てくるわけだから、平穏に暮らす子供たちを危機にさらすことになるわけです。
朝日などには、こういう事実を見る目がまったくなかったですね。
高山 
朝日は「人権は偽善である」ことを知っていてやっていると思います。
人権派だった岡村勲弁護士は山一證券問題に絡み、逆恨みした男性によって妻が殺害された。
岡村は日弁連で「人権、人権」と喚いていたが、自分の妻が殺された途端、「一人殺しても死刑にしろ」と宗旨替えし、法廷でもそれまでは弁護士が禁じられていた犯人への語りかけも認めろと言い出した。
門田 
遺影を法廷に持ち込んだのも岡村弁護士が初めてです。
高山 
「光市母子殺害事件」のときは認められなかった。
犯人は少年で、被疑者に余計な圧力をかけることになるからと(苦笑)。 
岡村の百八十度変えた態度を見たとき、日本の法曹界がまともになるきっかけになれば、と思うようになった。
門田 
岡村先生はその後、全国犯罪被害者の会(あすの会)をつくり、裁判への遺族の特別参加制度をはじめ、法廷のルールをどんどん変えていきました。
高山 
そうだと思います。
けれど、妻が殺される前に法曹界の一員として被害者の思いに手を伸ばさなかったのか。
それまで目を開けば犯罪者の人権や日中友好しか語っていなかった。
同じことは新聞にも言える。
口先だけの人権でなく、被害者の痛みを知らせる記事や運動を展開すべきだった。 
ところが、新聞界をリードしてきたのが「人権と中国」の朝日新聞だった。
朝日の質の悪さは度し難い。
朝日は死刑廃止論を叫んでいたのに、岡村事件以降はピタッと鳴りを潜めてしまった。
門田 
変わり身がすごい。
高山 
しかも何の反省もない。
岡村騒動が一段落したら、今度はまた日弁連を使って死刑廃止論をぶち上げる。
確信犯としか言いようがない。
この稿続く。

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