高山正之の新著を読めば、朝日新聞という新聞の本質が見える

2019年7月14日発信。高山正之の新著を読み始め、その切れ味と歴史認識の深さに圧倒された筆者が、朝日新聞批判の核心を紹介する。戦後日本の言論空間、GHQ、慰安婦報道、毒ガス写真報道、珊瑚事件などを通じて、朝日新聞の本質を問う。

2019-07-14
大変な読書家である私の友人は、とうに読破しているのではないかと思って訪ねれば、案の定、とうに購読して読了していた。
昨日、産経新聞の書評欄に掲載された高山正之の新著をご紹介したのだが、大変な読書家である私の友人は、とうに読破しているのではないかと思って訪ねれば、案の定、とうに購読して読了していた。
強く勧められた私も書店に購読に向かった次第である。
昨夜、始まりの数章だけを読んだのだが、これほど痛快な本、これほど切れ味の鋭い本は滅多にないだろう。
流石は、私が、戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであると断言する高山正之の本である。
彼はジャーナリストとしてけた外れの博覧強記であると言っても過言ではない。
特に戦前から戦中、戦後にかけての日本及び世界の歴史の真相を彼以上に熟知している人間は世界にも稀有だろう。
4年前の8月までの私の様に朝日新聞を購読し精読してきた中高年、大学教授でございますと言いながら、実際はろくな学問を究めてはいず、朝日新聞に阿る事を、その役割と心得ているような連中や、朝日新聞を購読、精読し、これに準じて報道番組を作成している事は明白なNHKの報道部の連中は、即刻、最寄りの書店に購読に向かわなければならない。
もし、この本を読んでも、目から鱗が落ちる事も、何も起こらなかったとしたなら、あなたは本当の低能である事を証明するだけだろう。
最初の数章を日本と世界にご紹介しようと思っていたのだが、始まりの、まえがき、がまた素晴らしいのである。
それで前書きからご紹介する。
新聞記者になって初めて同業者として朝日新聞記者に会ったときの感想は特になかった。
彼らはいつも忙しそうにしていた。
例えば記者クラブと県警本部長の懇談会があっても、仕事の都合でとかいって出てこない。
特ダネでも仕込んでいるのかと最初は不安に思った。
抜かれれば支局長にぐじぐじ小言をいわれる。
しかし、朝日に抜かれることは一度もなかった。
クラブでは暇なとき麻雀や花札をやるが、彼らは絶対にやらない。
囲碁を教えてくれた毎日新聞記者、仕事の手順を教えてくれた読売記者、よく一緒に飯を食いに行った東京新聞の記者などに比べれば、朝日の記者はとっつきにくい連中だった。
その朝日新聞の記者があるときこちらを取材にきた。
記者が記者を取材に来る。
随分びっくりした。
当時、全日空のベテランパイロットを取材し、ある雑誌に連載していた。
そのシリーズの中で戦前派のベテランが新鋭のボーイング727型機に乗ったときの印象を「もう飛行機を自分の意のままに操り、自由に空を飛び回る時代は終わった」と語った。
操ろうにもいまの飛行機はとてつもなく大きく、とてつもない馬力を持つ。
乗客もせいぜい10人だったのがいまはもう300人の時代に入ってきた。
自分が知っている昔の空ではなくなったと。
その例に昭和41年にあった同じ727型機の東京湾墜落事故を挙げた。
事故機は計器飛行をキャンセルし有視界飛行で近道を飛んだ。
「あの機は加速すると戦闘機なみに背中を押される」。
「降下率も在来機とは比較できないレスポンスがあった」と語った。
昔の気分で操ろうとしてはだめだ。
私は時代遅れになった、だから引退を決めたという話だった。
で、朝日はその話のどこが聞きたいのか。
筆者として尋ねたら要は「朝日はあの事故原因を機体欠陥説としてきた」「それに逆らう内容」だから許せないという。
でも様々な意見があっていいだろうと答えたが、数日後の朝日新聞総合面トップ写真付きで「とんでもない発言が飛び出した」と批判記事が載った。
朝日の主張に逆らうことは新聞で叩かれるほど悪いことなのか。
この新聞は自分たちこそ正義、他の意見は要らないという、独善の塊に見えた。
中世、イエス様を崇めて神社仏閣をぶっ潰して歩いた伴天連をふと思い出した。
朝日とはよほど折り合いが悪いのか、その2年後、社会部デスクのときに再び朝日新聞と対決することになった。
その日、当番デスクで席に着くと遊軍記者石川水穂が先日、朝日新聞一面に「これが毒ガス作戦」の見出しで載った写真はいんちきで「渡河作戦でたかれた煙幕」だという検証ものの原稿をだしてきた。
朝日の記事には一橋大の藤原彰教授が志村けん風に「そうです。これが毒ガスです」の解説も付けている。
しかし石川原稿の方がもっと説得力があった。
だいたい毒ガスは地を這うものだ。
最初にベルギーで使われたイペリットは地を這って塹壕に流れ込んで兵員を殺した。
朝日の写真のようにもくもく空に昇っていったのではガラスしか殺せない。
石川原稿で社会面トップを張った。
翌朝、仮眠室で寝ていたら朝日新聞佐竹昭美部長からの電話で叩き起こされ、大変なことをしてくれたな、夕刊降版後にそっちに行く、編集局長にも伝えておけという殴り込み予告だった。
待っていたらホントに一人で殴り込んできて編集局の真ん中で「産経新聞など叩き潰してやる」と吠えた。
こちらの主張は正しかった。
朝日は数日後に訂正を出したが、佐竹の心情が分からなかった。
誤りを指摘されたら新聞人だったら普通は調べ直す。
指摘通りだったら謝罪する。
しかし彼は記事の真偽でなく朝日に文句をつけたことに怒っていた。
「朝日に楯突くとはいい度胸だ」と彼はいった。
こっちが不敬罪を働いたようにいう。
この騒ぎを通して、朝日新聞記者はもしかしたらナルシシズムと集団的独りよがりが特徴のソシオパス(反社会的人格障害集団)じゃないかと思うようになった。
朝日新聞はまた吉田清治に乗って慰安婦の嘘を30年間振り撒き、日本人を貶め続けた。
その間には珊瑚に傷をつけて「精神の貧しさの、すさんだ心の」と日本人を腐す。
まるで自分は日本人ではないみたいないい方をする。
こうなるとソシオパスだけでは説明できない。
改めて朝日新聞の歴史を繙くと昭和20年9月のGHQによる休刊事件がある。
朝日新聞は日本人がそう思うであるように米国の蛮行をきっちり告発していた。
鳩山一郎に原爆投下を毒ガスにも勝る非人道性行為と指摘させ、GHQが押しつけてきた日本軍によるマニラ大虐殺には「皇軍がそんなことをするわけがない」「検証すべきだ」と正論を書いている。
GHQはそれに対して2日間の休刊を命じたことになっている。
が、実はあれは廃刊命令だったという説が根強い。
米国は紙媒体を軽んじていた。
日本にはものすごく性能のいいラジオが普及していた。
NHK放送だけで戦後の洗脳をやる気だった。
楯突く新聞などいらなかった。
だいたい紙の制限は植民地支配のイロハだった。
それに慌てた朝日は米国への忠誠を誓って生き残りを許してもらった。
以後、朝日新聞は恥じることも忘れ、米国の走狗となって「日本は侵略国だ」「日本軍は残忍だ」を率先紙面で喧伝し、その一方で米軍は京都の文化財を守ったとかのウォーナー・リストの嘘を書き立て、白人を神のように敬ってきた。
また日本が再び白人国家の脅威にならないよう軍隊も交戦権も放棄するマッカーサー憲法を彼の代理人の気分で「遵守せよ」とも叫ぶ。
いまでも9条の会も立ち上げ、改憲の風潮を批判する。
その姿を見ていると、植民地帝国主義時代、白人支配のアジア植民地に入って白人の手先になり、現地民政府や民を仕切る華僑にすごく似ている。
自分は日本人の上にいる。
珊瑚落書きのように何で日本人を見下す論調を好むのかもそれで理解できる。
トヨタにあらぬ暴走疑惑がかかったとき、朝日新聞の主筆、船橋洋一は「米国ではトヨタは欠陥の代名詞だ」と一面に書いた。
真実などどうでもいい。
日本を貶め、再興させないことが朝日人の努めと信じ込んでいる。
その口吻もそれで理解できる。
本書ではそういう朝日新聞を様々な角度から取り上げてみた。
いまのモリカケの狂乱報道の浅ましさを理解する一助になれば幸せだ。
2018年5月吉日 高山正之

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