文化は日本から朝鮮に流れた|天声人語の歴史認識と朝日新聞の不勉強

2019年7月14日発信。
高山正之の論考を通じて、朝日新聞『天声人語』の文化論と歴史認識を批判する。陶芸、文字、律令、宗教、唐辛子、法隆寺、高松塚、江西大墓をめぐり、「文化は朝鮮半島から」という朝日新聞の主張を問い直す。

2019年7月14日発信。
高山正之の論考を通じて、朝日新聞『天声人語』の文化論と歴史認識を批判する。陶芸、文字、律令、宗教、唐辛子、法隆寺、高松塚、江西大墓をめぐり、「文化は朝鮮半島から」という朝日新聞の主張を問い直す。

2019-07-14
お殿様の器量を評価するところだろうが、『天声人語』はこういう歴史を何も知らずにあほな文化論を展開する。
以下は前章の続きである。
文化は日本から朝鮮に流れた。
むしろ6代目まで窯を維持させてやったお殿様の器量を評価するところだろうが、『天声人語』はこういう歴史を何も知らずにあほな文化論を展開する。
曰くに「(有田焼の)陶芸に限らず、文字や律令、宗教まで大陸や半島から教わっては磨き上げる。それが日本の歩んだ道だ」「文化や人種の違いをあげつらい、何が日本固有でどれが韓国由来かまくし立てることにどんな意味があるのか」と説教する。
陶芸についての『天声人語』の誤りは前述したとおりだ。
加えて「文字や律令、宗教」のどれか知らないが、半島から来たと『天声人語』はいい切る。
しかしアジア学の泰斗、古田博司は久しく「朝鮮半島は文化的に空白」で「朝鮮には日本から文化が流れた」と「文化は半島経由」説を否定している。
唐辛子が半島では和辛子に。
実際、滋賀県でオルドスの青銅器文化を伝える遺跡が見つかったが、朝鮮半島にその文化の痕跡もない。
半島とは別の沿海州辺りから大陸と日本を結ぶルートがあったことはもはや史実だ。
朝日の記者には難しそうだから易しい例でいうと例えば唐辛子。
日本では唐から来たから唐辛子だが、半島では倭(和)辛子と呼ぶ。
日本から来たという意味だ。
室町時代には李氏朝鮮から使いがきては鍍金の仕方や紙漉きや田圃の灌漑技術を学んで帰っていた。
あっちに文化がない証左だろう。
『こんな朝日新聞に誰がした?』という本が出ているが、朝日がおかしいのはいまに始まったわけじゃない。
昔からモノ知らずで不勉強だった。
先日も法隆寺に所蔵されていた「絹地に描かれた白虎の図」を取り上げていたが、それも「江西大墓の壁画に類似している」「朝鮮半島の影響、色濃く」と書いていた。
汪西大墓とは高句麗時代後期、つまり7世紀初めごろに平壌郊外につくられた古墳で、10年くらい前に世界遺産に登録された。
ただ推薦人は支那に媚びて自虐史観を盛り上げた平山郁夫だ。
朝鮮にもこんなところで媚びを売っていた。
それだけで江西大墓にはいかがわしい匂いが芬々とするのに、キトラや高松塚が見つかると今度の法隆寺の場合と同じ、間髪を入れず「それは江西大墓がモデルだ」と朝日はいいふらす。
「文化は朝鮮半島から」説のたった一つの根拠にされているのだ。
そんな立派なモデルなら壁画同士をならべてみればいいのにそれは一切やらない。
で、朝日が江西大墓の壁画がモデルという高松塚の玄武を個人的に比べてみた。
玄武は亀と蛇が絡む構図で、高松塚のそれは亀の甲羅も蛇の鱗も生き生きと色彩豊かにかつ精緻に描かれている。
対して江西大墓のそれはほとんどモノクロで、亀は薄っぺら。
絡む蛇は細くよじれ、まるでビニール紐みたい。
麻縄で縛ったスッポンという感じだった。
十分ケンチャナヨ壁画だ。
それをどう参考にすれば精緻な高松塚になるのか。
この稿続く。

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