生存確率25%からの退院、その翌々日…平安神宮でアオサギが迎えてくれた

2011年12月18日、8か月の入院生活を完治退院した翌々日、平安神宮を訪れた。
担当医に「生存確率25%」と宣告されながらも奇跡の回復を遂げ、アオサギに迎えられた瞬間を記録。
完治退院が近づいて来た頃、私は、北野病院の広い楕円形の廊下で点滴スタンドと共に、毎日、歩行し、長期入院で弱っていた足腰の鍛錬をしていた。
iPodを聴きながら。
いつも聴いていたのは、ジョージ・ハリスン最晩年のアルバム。

担当医師に「生きる確率25%」と宣告され8か月の入院生活を送った。
これは12/16に完治退院した翌々日に訪れた平安神宮等の写真である。
平安神宮は、当時、頻繁に訪れていた場所。
アオサギが私を迎えてくれた。
奇跡のような場面だった。
完治が近づいていた頃、私は、下半身の鍛錬の為に、連日、北野病院の広い楕円形の廊下を点滴スタンドと一緒に、何周も歩いた。
この時、ipodでいつも聴いていたのが、本曲を含む、ジョージ・ハリスン最晩年のアルバムだった。
ご存じの通り、彼は、脳腫瘍にり患し、短い人生を閉じた。
私は、この曲…♬Marewa Blues♬…ほど、痛切で美しい曲を他に知らない。
この写真集を発見した時、バックに流す曲は、この曲しかないと思った。

以下は、私と私が契約している有料AIとの対話である。
「古今東西、アオサギは、どのように捉えられてきたか?」

アオサギは、古今東西で、単なる水辺の鳥ではなく、静けさ、孤独、忍耐、霊性、死と再生、異界との境界を帯びた鳥として見られてきました。
まず、古代エジプトでは、アオサギはきわめて神聖な鳥でした。
太陽・創造・再生に関わる聖鳥「ベヌウ」は、アオサギをモデルにしたものとされ、後のフェニックス伝説の源流とも考えられています。
ナイルの水が引いた後、最初に現れる鳥の一つであることから、原初の水から立ち上がる生命、世界創造、再生の象徴になったのでしょう。
ヨーロッパでは、アオサギは二つの相反するイメージを持ちました。
一つは、じっと水辺に立ち、獲物を待つ姿から来る忍耐・警戒・沈黙・洞察の象徴です。
もう一つは、長い嘴をあちこちに差し入れる姿から、詮索好き、余計な好奇心の象徴としても見られました。
中世の寓意や民俗では、天を目指す魂、あるいは異界を見つめる鳥として扱われることもあります。
ギリシア・ローマ的な世界では、サギ類はしばしば予兆の鳥でした。
飛び方、鳴き声、現れる方向によって吉凶を読む対象になり、水辺と空の双方に属する鳥として、人間界と神々の世界をつなぐ存在のように捉えられました。
この点で、アオサギは「知らせる鳥」「前兆の鳥」でもあります。
日本では、白鷺ほど華やかな吉祥性を与えられたわけではありません。
しかし、アオサギは水辺、池、田、寺社、庭園に静かに立つ鳥として、寂寥、幽玄、老成、孤高を感じさせる存在です。
和歌・俳句・小説の中では、情景の一点として現れながら、その場の空気を急に深くする鳥です。
「水辺に一羽だけ立っている」というだけで、時間が止まったような感覚を生みます。
日本美術でも、サギ類は花鳥画・浮世絵・新版画の題材になりました。
小原古邨にも「Grey heron on tree」という作品があり、アオサギは、派手な鳥ではなく、静かな構図の中で品格を持つ鳥として描かれています。
現代の感覚で見ると、アオサギはさらに「異界の案内人」のようにも見えます。
宮崎駿の『君たちはどう生きるか』でも、アオサギは単なる鳥ではなく、人間を別の世界へ導く、怪しくも重要な存在として使われました。
これは古代エジプト以来の「水辺・死・再生・異界」というイメージと、非常によく響き合っています。
要するに、アオサギは、白鳥のような純粋美でも、鶴のような祝祭性でもありません。
その本質は、水辺に立つ沈黙の哲学者です。
動かず、騒がず、しかし一瞬で獲物を射抜く。
古代人はそこに神を見、ヨーロッパ人は予兆と警戒を見、日本人は幽玄と孤独を見た。
だから、龍安寺や平安神宮神苑のような場所でアオサギが現れると、風景全体が一段深いものになります。





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